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2022年2月25日金曜日

トラウデン都仁

170cm人権騒動への“容認“発言をカットせず…トラウデンの問題放送を生んだテレビ局の古すぎる価値観
2/24(木) 11:01配信 FLASH
「トラウデン(都仁)さんが言ってしまったことは仕方がない、そういう人なんでしょう。ただ生放送ではないのですから、コンプライアンス上問題があるならカットしてしまえばいい話です」
 まったくそのとおりで、内容の是非はともかく番組サイドで対応できる話。それについて、記者はこう続けた。
「現場の一部、とくにベテランの中には、いまだにヘイトをおもしろがる土壌があるのは否定できません。昔は許されていたので、いまだにブラッシュアップできていない“おじさんたち”の判断で流してしまったのでしょうか」
 身体的、性的な障害を差別的におもしろがる文化が昭和のメディアに根づいていたことは否定できない。そして、それをおもしろがる視聴者もいた。しかし現代は違う。組織やスポンサーは毅然と対処する。日本人の多くもまた、自身の身長の高低やバストのサイズとは関係なしに「それはいけないこと」と声を上げる。自分の力でどうにもならない特定のハンディキャップや、身体的なコンプレックスをあげつらってはならないことは、すでに常識なのだ。
「視聴者が喜んでくれると思えばリスクは負いますけど、今回の内容は完全に(身体上の)ヘイトですからね、いまの時代、炎上するに決まってます」
 実際、当の番組出演者の間でもあきらかに空気が変わっていたという。
「『これはマズい』って空気でしたね。しかし、トラウデン(都仁)さんが180cmあるという理由で『(身長が高いことは)人権しかありません』なんて、ほかの出演者の声も入ってましたが、これもカットしてませんでした」
 こうした発言には、現場の混乱と気の緩みも一因だったという。
「この放送は、松本人志さんと東野幸治さんが新型コロナ感染による影響で代役が立てられたなかでの収録でした。なので、そもそも現場が混乱している状態でした。とくに、東野さんがあの難しい番組を仕切っている。彼がいないと現場が引き締まらないんですよ」
 現場レベルで考えれば編集事案だったはずが、そのまま放送されてしまったということか。
「誰も得しない結果になってしまいました。もう差別をおもしろがったり茶化す時代ではないんですが、古いテレビマンの中にはいまだに視聴者なんてそのレベル、と思ってる人もいるんですよ」
 今回の件で、ごく一部の古い価値観の人とアップデートされた多くの日本人との相違がますます浮き彫りとなった。「誰も得しない」とはそのとおりで、もう多くの視聴者は、こうした発言を求めていない。かつての「楽しくなければテレビじゃない」のフジテレビ、もうヘイトを「楽しい」と感じる視聴者なんていないと思ったほうがいいはずなのに。
 端緒となったゲーム界隈はもちろんだが、報道する側にもいっそうのアップデートが求められている。
日野百草
ノンフィクション作家、俳人。 1972年、千葉県野田市生まれ、日野市在住。日本ペンクラブ会員


トラウデン都仁 170センチ人権騒動「燃やしているのは70以下の方なんでは」発言で波紋
2/20(日) 19:10配信 東スポ
 モデル・トラウデン直美の弟でタレントのトラウデン都仁(19)が20日放送の「ワイドナショー」(フジテレビ系)に出演。プロゲーマーによる「身長170センチ以下は人権なし」発言問題に私見を述べた。
【写真】トラウデン都仁の姉・トラウデン直美
 人気プロゲーマーのたぬかなは「170(センチ)ないと、正直人権ないんで。170センチない方は『俺って人権ないんだ』って思いながら生きていってください」などと配信中に発言。予想通り大炎上し、所属チームとの契約解除となった。
 代役MCを務めた「A.B.C―Z」の河合郁人が「僕はすごいショックを受けました。プロフィル170センチなんですけど、実際は168センチ」と明かすなど、出演者それぞれが意見や感想を話す中、振られた身長180センチの都仁は「僕は高校時代に『〇〇は人権ない』って言う友達がいたんですよ。ブラックジョークが大好きな友達だったんで、ジョークとして言っていた。面白がってたということがあったんで、『人権ない』って言葉が取り上げられて、あっ、やっぱ問題になるんだなと、改めて思ったというのがあった」と自身の経験を踏まえて明かした。
 その上で「ブラックジョークとして楽しむ分には、まあ人によってはまあ楽しめるものなんではないかな、と思うんですけど」と話し、その上で「身長を気にしている男性はすごく多いと思うので、今回の炎上で燃やしているのは、ほとんどの人が70(センチ)以下の方なんではないかなと」と語った。
 スタジオは和気あいあいとしたムードだったが、放送終了後にネット上は大荒れ。たぬかなの炎上が飛び火してしまった。

▲:この阿呆は京大教授の息子であるという。息子の愚劣な発言を、ドイツ人のこの父親はどう思っているのだろうか?
 それにしても、番組のスポンサーは何の反応もしていない。つまりは、この阿呆の味方、ということなのだろう。



2022年2月15日火曜日

2022年2月4日金曜日

苫小牧でイタリアン トンチーニ・リストランテ・イタリアーノ










 苫小牧には小さな美術館博物館があり、何度もそこの展覧会に出かけたことがある。美術館といっても常設展示はなく、小規模な企画展を時々やっているだけなのだけれども、たとえば、トヨタ自動車が持っている絵画コレクション展をやったりして、面白いものを見せてくれる。
 その美術館博物館の近くに評判のいいイタリアンレストランが2軒あり、かねがね行ってみたいと思っていたのだけれども、どういうわけか時間が合わず、これまで行くことができなかった。
 暇なので、今回は泊りがけで苫小牧市に、この2軒のレスタランでランチを取りに行ってきた。
 さすがに、独りでディナーを食べる気にはなれなかったので、ランチ。
 1軒目は、モルト・ボーノ
 駐車場は家の裏手にあり、2台とめることができる。普通の住宅を改装したものなので、玄関でスリッパに履き替える。店内には、イタリア人男性歌手の歌(オペラ?)が小さく流れていて、静かである。歌は厨房から小さく流れてくるだけだった。
 プッタネスカ。
 これまで、たくさんプッタネスカを食べたわけではない。しかし、確実に言えることは、これまで食べたものの中で、ダントツで一番美味しかった。いや、今までこの人生で食べたパスタの中で一番美味しかったといっても嘘ではない。口の中で広げられる芳醇な劇舞台を味わった。トマト、ケッパー、オリーブ、アンチョビ、そして小麦の妖精のようなパスタの舌触り。なるほど、名前の通り・偽りなく、酔うような快楽に身を委ねるような(大袈裟だが)料理だった。
 このパスタを食べるだけだけでも、苫小牧に来る価値はある。
 ドルチェはチコレートケーキだったが、このケーキがまた甘くはなく、上に載ったクリームは舌が迷い込むほど硬く確かで、ランチをこんなに楽しめたということは滅多になかった。
 モルト・ボーノにはこれからも何回も訪れたい、そんなレストランだった。

 苫小牧に一泊してから、午前中樽前山神社やその他の「観光地」で時間をどうにか潰して、開店時間前に到着したのが、もう一つの店、美術館博物館近くにあるトンチーニ・リストランテ・イタリアーノである。

 開店の20分以上前に店についてしまった。店の裏にある駐車場には2台の車が駐まっていて、恐らく雪がない場合なら優に3台は駐められるのだろうけれども、無理をして隣に押し込む格好になるのもいやなので、公園の大きな駐車場を利用することにした。
 歩いて戻って来てみると、レストランの(というか民家の)裏口から、小さな赤ちゃんを抱いた(頭からつま先まで防寒着にすっぽり覆われていて男女の区別は不明)女性が出てきた。レストランの関係者なのだろうと思い、
「今日は開店しますか?」
 と私は声を掛けた。コロナの影響で休業している店も多いからである。
「11時半から開店します」と、その女性は愛想が良いでも悪いでもない声で応えると、そこに駐めてあった車に乗り込んだ。アウディのSUVで、一千万は下らないと思われる高級車だった。
 あとで分かったことだけれども、この女性が、トンチーニ夫人だった。店内に掲示されている幾つかの記事で、彼女が31歳、イタリア人夫のトンチーニ氏が24歳。2017年12月に結婚したというから、トンチーニはまだ19歳か20歳だったということになる。二人はオーストラリアで巡り会い、トンチーニはそこで兄がやっているイタリア料理店を手伝っていたのだという。この苫小牧のレストランを開業したのは2019年7月ということだった。
 私がこの日のランチに選んだのは、リガトーニを使ったカルボナーラ。ペコリーノとパンチェッタが美味しい。サラダにかかっているバルサミコ酢も癖がなくて、あぁ、バルサミコ酢ってサラダにもこんなに合うんだと感心した。
 ティラミスもベタ甘くはなく、前日のモルトボーノ同様に、デザートのドルチェというものも、美味しい店で食べるとこんなにもすっきりしているのかと認識を新たにした。二流の店で食べると、ドルチェはただただ甘いだけで食後に不快感を与えられるけれども、この二つの店では幸福な思いに包まれたまま食事を終えることができる。
 ただ、トンチーニは「イタリアンを通して」、コーヒーはエスプレッソしか出さない。私としては日本人の好みに合ったモルトボーノの一般的なコーヒーの方が好きである。