苫小牧には小さな美術館博物館があり、何度もそこの展覧会に出かけたことがある。美術館といっても常設展示はなく、小規模な企画展を時々やっているだけなのだけれども、たとえば、トヨタ自動車が持っている絵画コレクション展をやったりして、面白いものを見せてくれる。
その美術館博物館の近くに評判のいいイタリアンレストランが2軒あり、かねがね行ってみたいと思っていたのだけれども、どういうわけか時間が合わず、これまで行くことができなかった。
暇なので、今回は泊りがけで苫小牧市に、この2軒のレスタランでランチを取りに行ってきた。
さすがに、独りでディナーを食べる気にはなれなかったので、ランチ。
1軒目は、モルト・ボーノ。
駐車場は家の裏手にあり、2台とめることができる。普通の住宅を改装したものなので、玄関でスリッパに履き替える。店内には、イタリア人男性歌手の歌(オペラ?)が小さく流れていて、静かである。歌は厨房から小さく流れてくるだけだった。
プッタネスカ。
これまで、たくさんプッタネスカを食べたわけではない。しかし、確実に言えることは、これまで食べたものの中で、ダントツで一番美味しかった。いや、今までこの人生で食べたパスタの中で一番美味しかったといっても嘘ではない。口の中で広げられる芳醇な劇舞台を味わった。トマト、ケッパー、オリーブ、アンチョビ、そして小麦の妖精のようなパスタの舌触り。なるほど、名前の通り・偽りなく、酔うような快楽に身を委ねるような(大袈裟だが)料理だった。
このパスタを食べるだけだけでも、苫小牧に来る価値はある。
ドルチェはチコレートケーキだったが、このケーキがまた甘くはなく、上に載ったクリームは舌が迷い込むほど硬く確かで、ランチをこんなに楽しめたということは滅多になかった。
モルト・ボーノにはこれからも何回も訪れたい、そんなレストランだった。
苫小牧に一泊してから、午前中樽前山神社やその他の「観光地」で時間をどうにか潰して、開店時間前に到着したのが、もう一つの店、美術館博物館近くにあるトンチーニ・リストランテ・イタリアーノである。
開店の20分以上前に店についてしまった。店の裏にある駐車場には2台の車が駐まっていて、恐らく雪がない場合なら優に3台は駐められるのだろうけれども、無理をして隣に押し込む格好になるのもいやなので、公園の大きな駐車場を利用することにした。
歩いて戻って来てみると、レストランの(というか民家の)裏口から、小さな赤ちゃんを抱いた(頭からつま先まで防寒着にすっぽり覆われていて男女の区別は不明)女性が出てきた。レストランの関係者なのだろうと思い、
「今日は開店しますか?」
と私は声を掛けた。コロナの影響で休業している店も多いからである。
「11時半から開店します」と、その女性は愛想が良いでも悪いでもない声で応えると、そこに駐めてあった車に乗り込んだ。アウディのSUVで、一千万は下らないと思われる高級車だった。
あとで分かったことだけれども、この女性が、トンチーニ夫人だった。店内に掲示されている幾つかの記事で、彼女が31歳、イタリア人夫のトンチーニ氏が24歳。2017年12月に結婚したというから、トンチーニはまだ19歳か20歳だったということになる。二人はオーストラリアで巡り会い、トンチーニはそこで兄がやっているイタリア料理店を手伝っていたのだという。この苫小牧のレストランを開業したのは2019年7月ということだった。
私がこの日のランチに選んだのは、リガトーニを使ったカルボナーラ。ペコリーノとパンチェッタが美味しい。サラダにかかっているバルサミコ酢も癖がなくて、あぁ、バルサミコ酢ってサラダにもこんなに合うんだと感心した。
ティラミスもベタ甘くはなく、前日のモルトボーノ同様に、デザートのドルチェというものも、美味しい店で食べるとこんなにもすっきりしているのかと認識を新たにした。二流の店で食べると、ドルチェはただただ甘いだけで食後に不快感を与えられるけれども、この二つの店では幸福な思いに包まれたまま食事を終えることができる。
ただ、トンチーニは「イタリアンを通して」、コーヒーはエスプレッソしか出さない。私としては日本人の好みに合ったモルトボーノの一般的なコーヒーの方が好きである。