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2021年11月27日土曜日

ローソン 伊藤ハム 詐欺?


 

今夜の夕食は、ローソンで買った伊藤ハム製のビーフシチューだったのだけれども、商品の写真で見ると、肉が少なくとも二つは入っているように見えるのだけども、実際には、あまり大きくはない肉が、

たった一つと、ジャガイモ小片二つだった。

肉が一つなら、写真も正直に一つにして欲しい。

詐欺にあったような気がした。



2021年11月13日土曜日

阿寒湖への旅 2度と行かないホテル・ラビスタ阿寒川



 去年3月にアルジェリアへの団体旅行に加わって以来、海外ツアーをしていない。もちろん、コロナパンデミックで海外ツアー自体が消滅しているのだから仕方ないとしても旅をすることは好きなので、北海道内や日本国内への旅は続けている。
 今月は道東に2泊3日の旅をしてきた。1泊目は「ラビスタ阿寒川」に、2泊目はいつもの帯広「北海道ホテル」で過ごした。北海道ホテルはもう10回近くは泊まっていると思う。
 ラビスタ阿寒川は初めてで、ある程度期待していたので、そのあまりのお粗末さにはショックを受けた。
 阿寒湖の湖畔のホテルはどれも魅力はない。阿寒湖の温泉街が衰退して、「みすぼらしくなってしまった」のは、湖畔のどの温泉ホテルにも魅力がないからである。昔はそれなりのホテルがあったのだけれども、今現在は三流どころのホテルばかりである。
 そんな中、比較的新しく、湖畔の温泉街から離れた場所にできたこの「ラビスタ阿寒川」は気になっていたホテルだった。一度泊まってみたいと以前から思っていたので、今回、「浦幌道の駅で鮭トバ」を買いに出かける機会を捕らえて宿泊することにしたのである。
 温泉自体は良かった。川沿いの静かなロケーションも良かった。部屋の造りも文句の付けようもないしっかりしたものだった。しかし、なんといっても、食事が最低であり、ついでに言えば従業員の態度も平均以下だった。

 ヤフートラベルを使ってホテルに予約を入れたのだけれども、そこの口コミには、今改めて見ると、こうしたものがあった。以下は全てヤフートラベルのサイトに載っている口コミから引用する。


⚫️ 2021/09/06
高齢の両親と一緒に宿泊するため、スイートの部屋を予約しました。コロナの関係もあり、数年ぶりに両親と出かけるため、少しでも快適に過ごしてもらおうとこちらのホテルを予約し、宿泊を楽しみにしていました。この部屋を予約する際、何度も確認し、川側の部屋の画像しかでてきませんでしたのでまさか森側(駐車場が見える部屋)だとは思いませんでした。
部屋に入った途端、川など何も見えず、駐車場しか見えず悲しくなりました。両親にも謝りました。フロントに確認したところ、「一休さんを通すとこの部屋なんですよね。」の一点張り。
予約時の私自身のミスだと言わんばかりの対応でしたが、予約サイトは何度見ても森側の部屋の画像はありませんでした。遅ればせながら宿泊している部屋で予約確認のメールを見たところ、そこには川側の部屋ではないと細かい小さな字で書いてありました。予約時にきちんと「眺望なし」「森側」などと明記すべきです。

⚫️ 2021/08/25
オープン直後に利用して、今回はリピート。前回は、部屋付きの檜ぶろの香りや、サービスの良さ、部屋で自分で引くコーヒーなど、天候は豪雨ながらそれなりの風情もあり感動したが、それから時間がたち、明らかにメンテをさぼった結果として黒ずんだりみどりのカビがみられる檜ぶろ、明らかにマニュアルを読んでいるかのような従業員の説明や、鍋が煮詰まってしまいそうになってもIHの火力の調節を行わずこちらが自分で行うことになったこと、食事には特段の独創性はなく刺身も作り置き感があるなど、人的にも物的にもサービスの質の低下が著しいと感じました。共立のラビスタは高級ラインとして導入直後は質へのコミットが感じられたのですが、こちらも同様に大ホテルチェーンの陳腐な一律サービスになってしまっていると感じたのは残念でした。阿寒川は立地が最高なので今一度共立全体として、各施設のポジショニングの見直しを求めたいと思います。 

⚫️ 2021/08/17
17時頃チェックインした私に食事は17:30か20:00のどちらかになると言われました。17:30は早過ぎるし20時は遅過ぎると言うと、それが当館のやり方なのでとか、予約されたサイトにも書いてあるとのこと。後で隅々まで見たらありましたが、パッと見にはわからない記載。高級宿ならもう少し客の要望に寄り添って欲しいものです。他にもまったく掃除されていない部屋のブラインド等色々ありますが、私は絶対に再訪はしません。

⚫️ 2020/08/08
初めての宿泊です。部屋は川側でロケーション・温泉は良かったが夕食も朝食もハイクラスとは思えない程の質の悪さでがっかりしました。好みを選択するメニューは不可解。
食事会場は騒がしい。タオルは薄くてヨレヨレ。アイスやカツゲンのサービスよりも食事内容のレベルアップを望みます。何故クチコミ評価が高いのか不思議です。


 ということで、以下は私がヤフートラベルの口コミ欄に、今日、投稿したものである。
 口コミは、「審査」のうえで載るということなので、私の投稿はヤフートラベルのサイトに載らない可能性は十分にある。

⚫️ 風呂は良かった、部屋も良かった、食事はダメで従業員もダメ、だから「平均3点」などと評価することに意味があるだろうか? ラビスタ阿寒川は、風呂や部屋やロケーションは素晴らしい。しかし、食事はお粗末の一言に尽きるし、従業員の誰もが無愛想で親切心などひとかけらもないと言えるだろう。だから、評価は「1」以外ではありえないし、2度とは行かない。夕食の鍋は、普通の家庭でやっているであろう鍋よりもはるかに質の低いもので、どうして「高級そうなホテル」にやってきて、こんな貧しいものを食べさせられなくてはならないのかと、悲しくなってくるものだった。「肉」は、とても薄い二切れの小さなもの。その二切れを合わせても名刺サイズにすらならないし、名刺のように薄いものだった。これを名付けて、
「道産牛焼きしゃぶ 神居牛 千切り野菜 特製ソース」と献立詞書に堂々と書かれているのだから笑うしかなかった。
 夕食のメインは、北寄カレー、ビーフカレー、ラクレットカレー、雑炊、からどれか一つを選ぶといったものだった。何が悲しくて山奥の温泉ホテルにきてカレーや雑炊を最後に食べなくてはならないのだろうかと思った。雑炊を選んだけれども、もちろん、何の感想も持てるような品物ではなかった。ただただ、ため息しか出ない物悲しい食事だった。
 食材をお粗末ににして経費を削減すればきっと儲かるのだろうな、とは思えた。これが共立リゾートという大会社の流儀なのだろうかと思った。
 食事時間が、5時半か8時の二者択一で、遅く来た客は全員有無を言わさず8時まで空腹に耐えなくならないということは、もし仮に夕食が美味しいものなら我慢することもできる。しかし、8時まで空腹に耐えて、安っぽい料理をだらしない間延びした給仕で食べさせられるのだとしたら、実際そうなのだが、これはもう拷問のようなものである。
 ということで、もちろん、ラビスタ阿寒川には2度と行かないし、もし友人知人がこのホテルを考えているのなら、全力を挙げて止めさせようとすることだろう。
 それにしても、このホテルの夕食を褒めている評者が大勢いるということには驚く。つまりは、人の料理に対する評価はひとそれぞれであり、あまり参考にはならないということなのだろう。


 さて、最低のホテルの話題はこれくらいにして、阿寒湖まで行って良かったことも記録しておこう。
 阿寒湖カムイコタンの店、「イチンゲの店」で素敵な紐タイの彫刻を見つけて買った。ネクタイはしないのだが、カラーのワイシャツを着ても首が寂しいのが気になっていた。昔、アンモナイト(実物)の紐タイを持っていたのだけれども、それ紛失してからは買うこともなかった。ところがあまりにも魅力的な彫り物だったので、その店で紐タイを買ったのだった。
 また阿寒湖に立ち寄ったら、もう2つ3つ、紐タイを買おうと思っている。
 掘った人は、瀧口健吾さんという和人とアイヌの間に生まれた男性で、少し話をした。観光センターに立ち寄ったとき、偶然この人の記事が載っているパンフレットを見つけたので一冊貰ってきた。



2021年8月6日金曜日

資料 小島剛一

https://news.yahoo.co.jp/articles/4e5a52b55df85afdf6aabfc48c405af413d43bcf
ひろゆき氏を論破した言語学者 在仏50年超の“F爺”小島剛一氏が語る日本人差別
8/6(金) 6:00 デイリー新潮

差別に無自覚な人
 2ちゃんねるの創始者・西村博之氏(44)は近年、「ひろゆき」の名前で活動している。ニュース番組やTwitterなどの発言が話題となり、ネット上で“論客”として注目された。論争で負け知らずの“論破王”としても話題だ。
 2018年には著書『論破力』(朝日新書)を出版したほどだが、その、ひろゆき氏が論破されたとネット上で大騒ぎになった。
 ひろゆき氏を論破したのは、言語学者の小島剛一氏。1946年、秋田県に生まれ、68年からフランスに在住。78年にはストラスブール大学で博士号を取得した。
 トルコにおける少数民族語の実地調査に従事したことから、91年に『トルコのもう一つの顔』(中公新書)を上梓した。
 東京新聞は2011年8月、「こちら特報部」で「反骨の言語学者・小島剛一氏 圧力屈せず真実告発 トルコの少数民族弾圧」の記事を掲載した。
 ひろゆき氏と小島氏が行った論争のテーマは人種差別の問題。有名なフランス人サッカー選手2人による日本人を侮蔑する動画が流出した。日本でも大きく報道されたため、ご記憶の方も多いだろう。
 1人はアントワーヌ・グリズマン(30)。ドイツ系の父とポルトガル系の母の間に生まれた白人だ。もう1人はウスマン・デンベレ(24)。

すぐに差別と認識
 では小島氏のインタビューをお読みいただこう。まず経緯の説明をお願いした。
小島剛一氏(以下、小島):7月4日に目を覚ますと、私のアドレスに10人以上のフランス人の友人からメールが届いていることを把握しました。全て同じ内容で、「このリンク先の記事が紹介している動画を見てほしい。君と議論がしたい」と書いてありました。いつもは数通というところですから、びっくりしました。
 内容はすぐに理解しました。グリズマンとデンベレと言えば、サッカー界のスーパースターです。フランス国内だけでなく、フランス語圏で大きなニュースになっていました。ベルギーやカナダのケベック州といったところでもトップニュースの扱いだったわけです。
 友人たちのメールにあるリンクをクリックすると、様々なメディアの記事サイトに飛びました。とはいっても結局、動画は1つだけです。再生してみると、すぐに「あ、これは人種差別的発言だ」と察知しました。多くの視聴者やメディアも指摘していますが、動画の録音状態は悪く、聞き取れないところがたくさんあります。

侮蔑的な声
《グリズマンとデンベレの2人は共にフォワード。世界トップクラスのクラブチーム・FCバルセロナに所属し、フランス代表にも選ばれた。そんな一流選手が、なぜ日本人を差別したのか。
 共同通信が7月6日に配信した「仏サッカー選手、日本差別か 映像流出、批判浴び謝罪」を中心に、何があったのか箇条書きにしてご紹介する。
・動画は2選手が2019年7月に来日した際、宿泊したホテルの部屋で、デンベレ選手が撮影した
・撮影されたのは、ホテルの日本人従業員。2人が遊んでいたゲームの不具合を直すため、部屋を訪れていた
・選手がSNSで私的に共有していたと見られる。今月初め、身元不明の人物が動画をTwitterに掲載して大きな問題となった
 差別発言について、共同通信はデンベレ選手が「このひどい顔」とフランス語で発言。日本語のやりとりを聞き「なんて言葉だ」とからかったと伝えた》
小島:外国人を差別する時に特有の、侮蔑的な声のトーンというものは歴然として存在します。私はフランスに住むようになってから、「極東人」として何千回も差別の被害に遭ってきました。その時の口調と全く同じでした。

友人も「差別」と断言
小島:動画では日本人スタッフの顔を、無遠慮にアップで撮った場面もありました。「この動画の撮影者は、被写体である日本人を嘲笑しようとしているな」とピンと来ます。フランス人の作成した動画だったため、日本人の大多数は差別のニュアンスを読み取れなかったかもしれません。しかし日本人が日本語を使いながら同じ内容の動画を撮影したとすれば、たとえ録音の状態が悪くとも、差別だと判断した日本人は多かったはずです。それほど人種差別言動であることの明白な動画でした。
 フランス人の友人たちも、基本認識は全く同じでした。私を含めて全員「これは悪質な人種差別だ」という点では意見が一致していました。そのため「2人は動画で何と喋っていたのか」についての議論が大半でした。ある友人が「こう言ったんじゃないか」と推測すれば、別の友人が「いや、ああ喋ったんじゃないか」と反論するわけです。そのうちフランスのメディアが、発言内容を報じだしました。
 今でも不思議なのですが、報道各社がすり合わせを行ったのかと思うほど、2選手の発言内容は統一してありました。それを踏まえ、私の「F爺・小島剛一のブログ」に7月4日、「Ousmane Dembéléウスマン・デンベレとAntoine Griezmannアントワーヌ・グリズマンの日本人差別動画」という記事を投稿しました。

擁護の発言
《ちなみに「F爺」の意味は、「F国(=フランス)に住む日本人の爺さん」とのこと。ブログで小島氏は、フランスメディアの報道を踏まえ、日本人スタッフの顔に対する嘲笑を「醜い顔の奴ら」、日本語に対する悪罵を「ひでえ言語」、「聞くに堪えん」、ゲーム機を作動させるのに手間取っているスタッフを「お前らの国は、技術先進国なのか。そうじゃないのか」と揶揄したと翻訳した。記事の中で、2選手の極東人や他国の言語に対する差別感情は明白であり、『「冗談」だの「ユーモア」だのという言い訳の通用しないこと』を指摘した》
小島:2選手は弁明を発表しましたが、これも酷い文面でした。開き直りとしか読み取れない内容だったため、7月6日に「動画で日本人を差別する発言をしたサッカー選手Ousmane Dembéléウスマン・デンベレとAntoine Griezmannアントワーヌ・グリズマンの卑劣な『謝罪した振り』」の記事をアップしました。
 すると、普段は見たこともないような読者数になりました。思わず私が「炎上した」と発言すると、年下の友人が「炎上は小島さんの発言に問題がある時です。内容に共感した人が大多数なので、そういう時は『バズった』って言うんですよ」と教えてくれました(笑)。
《サッカーのフィリップ・トルシエ元日本代表監督(66)のもとで、通訳を務めていたことでも知られるフランス人ジャーナリスト、フローラン・ダバディ氏(46)や、複数のフランス人ユーチューバーなど、「日本語ができるフランス人」は「悪質な人種差別だ」と口を揃えた。
 その一方で、ひろゆき氏は動画に出てきた「putain」という言葉は強調の意味でも普通に使われるとし、日本語の翻訳時に本来の意味と離れた可能性を指摘した。芥川賞作家の辻仁成氏(61)も自身のブログで、差別発言の報道は誤訳を元にした可能性があると警鐘を鳴らし、侮蔑的な発言についても「クソガキならこのくらい言う」と感想を綴った》

フランス語のレベル
小島:日本の友人から、ひろゆき氏と辻氏の発言内容を教えてもらいました。誤りを指摘する記事をブログに掲載しました。7月7日に配信した「日本人・極東人差別者デンベレとグリズマンを擁護する不可解な日本人」です。
 ひろゆき氏の「putain」に関する発言は完全に間違っています。強度の侮蔑語・罵倒用語・悪罵用語であり、こんな単語を普通に強調の意味で使う人がいたとしたら、たちまち「無教養」とか「無頼漢」と烙印を押されます。
 辻氏のブログも拝見しました。氏が記述した動画の聞き取りは、フランスのメディアが報じたものとは違いました。フランス語の文法が身についていれば、犯さないはずの誤りも散見しました。
 率直に申し上げて、お二人のフランス語のレベルは、かなりひどいものです。フランス語が話せず、書けない人が、フランス人が差別したかどうかを判断できるはずもありません。ところが、ご自身のフランス語能力を過信し、必死に選手を擁護しました。一体、そんな虚報を伝えて、どんな利益を見込んでいるのか──こんなことを記事に執筆しました。

差別に気づかない場面
小島:フランス語は、私にとっては第一言語です。第一言語とは「母言語同様に、文法を意識することなく自由に思考の手段として用いることのできる言語」という意味です。私は英語やトルコ語、トルコ語の方言、少数民族の諸言語など、様々な異言語を習得してきました。フランス語が第一言語となるのに、フランスに到着してから約1年かかりました。日本で生まれ育って大人になってからフランスに移住した日本人としては、私の知っている範囲では、もっとも早い記録です。
 フランス語とフランスの風習が分からない人は、フランス語で差別されても分かりません。私にも経験があります。ブログにも書きましたが、フランスで生活をするようになって半年が過ぎた頃のことでした。街を歩いていると、6~7歳の男の子が2人、私の前に走り寄ってきて、両手を自分の目に当てて左右に引く動作を繰り返しました。
 歩くのに邪魔だと思いましたが、その動作が極東人差別を意味するという知識はありませんでした。子どもたちがいなくなると、一緒にいたフランス人の女性が怒りだして不思議に思い、理由を教えてもらって驚きました。「切れ長の目」を真似することがアジア人差別につながるということを、その時初めて私は学んだのです。
 私はフランスで働き、生活の糧を得てきました。極貧だった時期もあります。その頃は、市場で野菜を買うのにも、捨て値でもいいから売ってしまいたい様子の店で値切らなければなりませんでした。ありとあらゆる場面で、フランス語で意思疎通を行ってきました。差別されたことは何千回もあります。その経験から、今回の差別動画について発言しています。

若者言葉の嘘
小島:翻って、ひろゆき氏はどうでしょうか。氏はフランスに住んでいるのかもしれませんが、フランスで働いているわけではなさそうです。生活の原資は主に、日本での活動で得ているのでしょう。日々、どれくらいの頻度でフランス人と会話をしているのでしょうか。
 買い物でも、スーパーなら店員と話をする必要はありません。タクシーに乗る時でも、行き先は紙に書いたり、スマホに表示させたりすれば行ってくれます。お金さえあれば、フランス語が全くできなくとも、フランスでの生活は可能です。
 ひろゆき氏は相当に裕福な方だと聞いています。どこの国の人でも、金持ちには優しいでしょう。私は八百屋以外の商店でも、値切ろうとしたわけでもないのに、店員に人種差別的な嫌味を言われた経験がたくさんあります。一方のひろゆき氏は、パリで「この国が気に入らないんだったら、さっさと自分の国に帰れ」など、外国人差別・人種差別の痛罵を浴びせかけられた経験はお持ちなのでしょうか。
 氏がパリに建つアパートの一室に住んでいるのは事実なのかもしれません。しかし、それはフランス語を使ってフランスで働き、フランスで生計を立てているのとは違います。結局、ひろゆき氏は北海道や沖縄で暮らしているのと大差はないのです。
《ひろゆき氏は更に反論を続けた。Twitterで「putain」について、若者言葉では強調の意味に使うと主張。「若者言葉を知らない高齢者の方が『聞いたことが無いからフランス人は使わない』というのは勉強不足なだけだと思います」と投稿した。他にも動画などで反論を繰り返した》

フランスかぶれ
小島:私は「聞いたことが無いからフランス人は使わない」などと発言したことはありません。完全な捏造ですし、「若者言葉」だという主張は間違いでもあり、典型的な論点ずらしです。「putain」は、本来は名詞ですが、感歎詞としての用法がありますから、それを「強調」と呼ぶことはできます。しかし、昔からあらゆる年齢の人が使いますから、決して若者言葉ではありません。ひろゆき氏は、私がブログで、
「F爺がフランス語の「若者言葉を知らない」ということはあり得ますが・・・仮にそれが事実だったとして、」
と書いたのを歪曲引用しています。「仮にそれが事実だったとして」を意図的に隠蔽して、「若者言葉を知らないとF爺自身が認めている」と主張しています。
 言葉は使い方で含蓄が異なります。「女」という言葉に差別的なニュアンスはありません。ある人は親しみを込めて「あの女はね」と言うかもしれません。しかし、女性差別主義者が「お前は女のくせに」と口にすれば、紛れもなく差別発言です。
 あの動画における「putain」は明白に日本語を罵倒する差別発言です。フランス人も私も、それをはっきりと感じ取りました。フランス語の知識が乏しいひろゆき氏は、「差別ではない」と主張したい一心で、わざと曲げて解釈したのです。
 にもかかわらず、ひろゆき氏は、私のしていない発言を組織的に捏造して反論もどきをしてきました。ブログのコメント欄などで匿名の人物に常軌を逸した攻撃を受けたことはありますが、素性を隠していない人物にここまで悪質なことをされたのは初めてです。教養が完全に欠如した、嘘を平気でつく人間と言わざるを得ません。
 色んな「フランスかぶれ」と接してきましたが、ここまでひどいのも見たことがありません。ひょっとすると、ひろゆき氏は愛するフランスのため、何がなんでも2選手を擁護する必要を感じたのかもしれません。

虚を突かれた日本人
小島:しかし肝心のフランス語の知識がないのですから、守れるはずがないのです。氏はこれまで「フランス在住で、フランスについて精通している」というイメージがあったそうです。今回の動画問題が発生し、何か気の利いたことを言わなければと考えたのでしょう。しかし、文字通り馬脚を現して終わりました。ネットなどで私のことを「ひろゆきを論破した」と紹介してくださっていますが、私は氏のことを論破したつもりはありません。理不尽な侮辱に対する自衛のために単に間違いを指摘し訂正しただけで、論争にもなっていないと思います。
 大多数の日本人には、差別された経験がありません。被差別部落の問題や在日朝鮮人、アイヌ人に対する差別問題は存在するとはいえ、欧米のように日常的に様々な人種差別が行われている社会とは異なります。
 今回の動画で、日本人は虚を突かれたのではないでしょうか。特にデンベレといったアフリカ系黒人が本気で、心の底から極東人を醜いと思っているとは信じられなかったのだと思います。
 自分にとって異文化であるものを醜いと感じることは、実はよくあることです。ところが日本人は、そうした知識や経験に乏しかった。「日本人は立派であり、まさか人種差別の対象にはならないだろう」と思い込んでいる人も多かったのではないでしょうか。動画の報道に戸惑っていたところ、「あれは人種差別ではないんですよ」と言われて安心した。そんな人は相当数にのぼったのではないかと考えています。

玉石混淆
小島:「あれは差別であり、これは差別ではない」と自動的に判断できるような物差しは存在しません。私はアメリカの先住民を「インディアン」と呼ぶことは差別だと考えます。しかしポリティカル・コレクトネスや、差別用語の使用を禁止する“言葉狩り”には断固として反対します。
 自分の経験や教養といった「智」を通じ、「何が差別で、何が差別でないか」を考えに考え抜くしか方法はありません。表層で騙されて「これは差別じゃないよ」と間違えてしまうか、真相をしっかり把握して「これは差別だ」と看破するか、その重要性を今回の騒動は教えてくれたと思います。
 ネットの世界では匿名の陰に隠れ、コメント欄などに悪質な書き込みをする輩の存在は、もちろん知っていました。とはいえ、今回の件で私のブログに押し寄せた「馬鹿者」や「無礼者」の数に改めて驚かされました。私にとってもネットは、なくなると生活ができなくなるほど大切なものです。研究や学習、娯楽にも役立つことは言うまでもありません。ネットの世界は“玉石混淆”なのだなと再認識しました。そしてできるだけ、ネット界の“玉”に触れていきたいと思います。
デイリー新潮取材班
2021年8月6日 掲載

2021年7月3日土曜日

千歳市役所 ブッキー木彫

 





 先日、用事があって千歳市役所を初めて訪れたのだけれども、ホールに飾られた木彫壁画(?)には驚いた。近年、これほどブッキーな物を見たことがない。
 2004年に「セイコーエプソン」が寄贈したものとのこと。
 セイコーエプソンって、こんなに趣味の悪い会社だったんだと、つくづく感心した。


ホテルJALシティ札幌・中島公園 フロントの女性は最低


  これを「豚丼」の肉と呼ぶとは、無知なのか厚顔なのか、そのどちらかでしかない。帯広市民がこんなものを見たら、怒髪天を突くことだろう。私の場合は髪が無いから、そうはならなかったけれども。




 先日このホテルに4泊したのだけれども(今は4泊以上で20パーセントオフをやっている)、チェックアウトの時に、フロントの若い女性は、
「清算はありません」とだけ言ってきた。
「ありがとうございました」も、まして、「またのお越しをお待ちしております」などという言葉はない。吐き捨てるように、「清算はありません」である。
 日本航空という会社はこうしたところなんだと改めて感じ入った、感激した。
 朝食はビュッフェでとても良かったのだけれども、「十勝豚丼」という名前で出ている料理は、ただの豚肉の炒め物、である。これを豚丼と名付けるとは詐欺にも等しいと、個人的に思った。豚丼「僭称」とフロントのダメ女性以外はとても良いホテルなので、またいつか利用するつもりである。

PS これ以外にもフロントの若い女性のダメダメなところはあったのだけれども、言ってみても詮無いことなので書かない。

PS2 そういえば、成田の日航ホテルにも何度か泊まったことはあるけれども、こちらでは不快な思いなど一度もさせられたことはない。ということは、札幌のJALシティホテルがダメダメということで、他のところは問題はないのかもしれない。







2021年6月2日水曜日

函館温泉巡り 西桔梗温泉

 






函館温泉巡り 乃木温泉

 





肺がん タバコ 三遊亭円楽 青木さやか 広田レオナ

 三遊亭円楽の記事は全て読売新聞のサイトからの引用。

2021年3月20日
[落語家 三遊亭円楽さん]肺がん(1)父も祖父も師匠も…「俺んとこにもきたか」
 日本テレビ系の人気番組「笑点」のメンバーになって44年。おなじみの落語家には、全国からお呼びがかかる。年150日は各地の落語会に出かけてきた。
 2018年の8月、スケジュールの合間をぬって休みを取り、毎年の検診で経過を見ていた十二指腸のポリープを切除するために入院した。
 その際に、コンピューター断層撮影法(CT)検査も受けた。ポリープに問題はなかったが、「ちょっと気になるんです」と言うのは呼吸器科の医師だった。気管支鏡で組織を取って病理検査をすると、肺がんとわかった。
 2人に1人ががんになる時代だが、「俺んとこにもきたか」と思ったのは事情がある。58歳で亡くなった父親は肺がんで、祖父もそうらしい。年子の兄は68歳で 膵臓すいぞう がんで逝った。「DNAに何かあるんでしょう」。おまけに師匠の先代円楽が09年に76歳で亡くなったのも肺がん。
 「でも、医療は進んでいるし、これで死ぬかも、とは思わなかったんだよね」
 がんは初期というわけではなく、右肺の中で少し広がっていて、「2~3A期」の診断。放射線治療という選択もあるが、体力もあり、「根治を目指して手術にしましょう」と医師は言ってくれた。
 肺がんは日本のがんで最も死亡者数が多いが、治療は進んでいる。「いいタイミングだった」。進歩の恩恵を実感することになる。

2021年3月27日
[落語家 三遊亭円楽さん]肺がん(2)高座で「この話、こういう流れだっけ?」…脳に転移
 肺がんが見つかって、2018年10月5日にダビンチという機器でロボット手術を受けた。
 内視鏡の手術が進化したもので、医師は操作ボックスに座って、3次元画像を見ながらロボットアームで手術をする。きめ細かな操作ができ、体に開けた6か所の小さな穴から器具を差し入れるので、体への負担が少ない。肺がんには、同年4月に保険適用されたばかりだった。

「見える限りのものは取りました」と言われてひと安心。右肺は三つに分かれているが、上葉を切除した。術後はどうしても息苦しくなる。が、手術後1週間で退院し、翌日には独演会と寄席で計3席こなした。

「苦しくないわけじゃないけど、落語ができるのがうれしくてね」。医師もあきれて笑っていた。
 翌月から3週間に1度の抗がん剤治療が始まった。「気持ち悪いぐらいで、それほどつらい副作用はなかった」。落語、時々趣味のゴルフの日々に戻ることができた。
 異変が起きたのは翌19年5月末。高座で何か変だと感じた。「この話、こういう流れだっけ」。今まで感じたことのないモヤモヤ感。マネジャーも「なんかおかしい」と言う。
 7月、MRI(磁気共鳴画像)の検査を受けた。脳画像の前方に丸い影。「脳腫瘍ですね」。肺がんの転移だった。その時の気持ちをシャレでネタにした。「あの時は、のうしよう(脳腫瘍)と思った」

2021年4月10日
[落語家 三遊亭円楽さん]肺がん(3)リンパ節にも…薬で治療
 2019年7月に見つかった2・5センチの脳転移に対して、ガンマナイフという放射線治療を受けた。ピンポイントで病巣に照射できるので副作用はほとんどないという。1回15分ほどの治療は3日で終わり。ただ、感染を起こしたこともあって、入院は1か月かかった。それでも最後の10日間は外出許可をもらって、国立演芸場の8月の寄席に出た。
「初日は声がかれたんですけど、脳転移のモヤモヤが消えて、湯水のごとく言葉が出てくるんですよ」。連日、50分の熱演。じっくり聞かせる「 浜野矩随はまののりゆき 」など好きな話を思う存分にやった。落語家の仲間たちも心配で見にきた。
 外出許可がうれしいのは、落語ができるだけではなく、弁当を買って帰れることもあった。「悪いけど、病院の飯、合わなくてね」。退院翌日、20日の千秋楽には仲間たちと祝杯を上げた。「呼吸器の病気だから酒はいいんだよ」
 実は、この時に見つかっていたのは、脳転移だけではなかった。 頸けい部ぶ のリンパ節にも二つの転移があった。このため、9月から月に1度の薬物治療が始まった。
 薬の名はキイトルーダ。高額で話題になったオプジーボと同系統の新しい免疫療法の薬で、保険で使えるようになったのは17年から。3か月に1度の検査でリンパ節転移の縮小が確かめられている。
「病気がいたずらしても、治療法はあるものだね」

2021年4月17日
[落語家 三遊亭円楽さん]肺がん(4)副作用あっても高座は大丈夫 落語の種まく気持ちがあるうちは
 2019年9月から、月1度、免疫治療薬のキイトルーダの治療を続けている。
「副作用はありますよ。吐き気と食欲不振と 倦怠けんたい 感。隔週でつらい週がある。体重も毎月3キロ前後増減します。でも、高座は大丈夫」
 2日に1度は全国を回って落語をする日々は、脳とリンパ節の転移が見つかってペースダウンし、昨年春、新型コロナで止まった。「お休みをくれたという感じですよ」。そんな時にカレンダーを見ていて思った。
 「歌丸師匠のせいなんだよね」。日本テレビ系の「笑点」でおなじみの歌丸さんは18年7月2日に亡くなった。そのほぼ四十九日に肺がんが見つかり、百か日で手術、一周忌で脳転移発見。「俺が病院に行くと、木久扇さんが言うんだ。『呼ばれてる』って。仲良かったけど、ほかのヤツを呼んでほしいなぁ」(笑)
 昨年秋からは、客席を半分にした状態で、少しずつ高座を再開してきた。「4勤3休という感じ」で、今はそれがいいペースだと思う。人との距離を意識して、趣味のゴルフにも行く。
 「病気があっても、病気で死ぬんじゃなくて、寿命で死ぬと考えてる。自分を育ててくれた落語界に恩返しするつもりで、地方にも落語の種をまく。そういう気持ちがあるうちは生かしてもらえると思ってるんですよ」。東へ西へと落語で駆け巡る。(文・渡辺勝敏)

2021年5月26日
[落語家 三遊亭円楽さん]肺がん(番外編)病気との人生は「ひと月単位」「3か月単位」だから自粛はつらい…俺にもう少し走らせてくれ
 日本テレビ系「笑点」でおなじみの落語家、三遊亭円楽さん(71)の肺がん体験について、「一病息災」(新聞記事をヨミドクターで再録)コーナーで紹介しましたが、さすが一流の 噺家はなしか さんなので、病気の体験とはいえ、興味深い話題とニュアンスのある話しぶりは魅力的でした。記事からこぼれ落ちてしまったお話をボツにしてしまうのはもったいないので、ここで紹介します。(聞き手・渡辺勝敏、写真・宮崎真)
 円楽さんの肺がんは、2018年夏に検診で見つかり、10月に手術を受けて、1週間で高座に復帰しました。ところが、翌19年7月には、脳とリンパ節への転移が見つかり、脳の腫瘍にはガンマナイフという放射線治療を受けました。その後、キイトルーダという最新の免疫療法薬の治療を毎月続けています。脳転移はなくなり、リンパ節の転移は縮小。治療直後から高座に復帰し、「笑点」でもゴルフ焼けした元気な姿を見せています。

毎年CT検査を受けていたが……たばこが原因じゃないタイプ
――もともと、健康管理は意識していましたか。
 うちのおやじは58歳の時に肺がんで死んでる。おじいさんもそうだった。そういうこともあって、CT(コンピューター断層撮影)検査を毎年受けていたから、見つかったわけ。逆に「ついてるな」と思ったね。師匠の先代円楽が09年に肺がんで亡くなって、それをきっかけにたばこはやめました。ただ、肺がんにもタイプがあって、私のは腺がんで、これはたばことはあまり関係がないと聞いてます。
――肺がんと言えば、日本人で最も死亡数が多いがんです。「肺がん」と言われた時は衝撃を受けましたか。
 「ああ、そうですか」という感じで、死ぬとは考えなかった。「先生、どうしたらいいでしょう」と聞くと、手術や放射線治療、化学療法と治療法はあるし、「根治を目指して手術をしましょう」って言ってくれたから、「お任せします」っていうことですよ。医療の進歩に助けられていますね。
 そうは言ってもね……。年子の兄貴はすい臓がんで68歳の時に亡くなった。闘病中もゴルフをやったり、うちに来てマージャンをやったり、飲める時には飲んで遊んだりしてました。ある時、「あんちゃん、大丈夫かい?」って聞いたら、「お前、大丈夫なわけないよ。忘れるためにやってんだよ」って。その気持ち、今はすごくよくわかる。病気を忘れるためにも高座はいいですね。

落語はナマが一番。それをやらせてもらえないのはつらかった
――新型コロナの緊急事態宣言などで外出自粛になるのはつらいですね。
 やっぱりこういう病気だから、ひと月単位、3か月単位、半年単位、1年単位で生きているんですよ。俺、時間がないかもしれないんだ。わかんないんだもん。だから好きなことをやらせてもらえないのが一番つらい。落語は、ナマが一番なんですよ。リモートなんかできないよ。ゴルフもそう。ちゃんと感染対策を取っていれば、大丈夫でしょ。フレイル予防にもなる。一時、「5人以上」の会食は避けてほしいとか言われてたけど、政治家もゴルフとマージャンはやりたいんだと思ったよ。(笑)

――新型コロナのせいで、高座が延期されたり、中止されたりでしたが、昨年の秋ぐらいからは、落語会を再開していますね。
 コロナもあって、4日働いて3日休むぐらいのペースです。昨日は札幌、一昨日は山形という感じです。化学療法の治療の後は、食欲不振や吐き気が出ますから、ちょうどいいですよ。ちょっと動くと肺が詰まるように苦しくなるような時があるけど、深呼吸をすると戻ります。酸素をはかるパルスオキシメーターを通販で買って使っていますよ。楽屋でも、疲れたらちょっと失礼して横にならせてもらう。このままいくと、筋力が低下するフレイルに気をつけなきゃいけません。だから、ゴルフはいいですよ。ボール打つから歩くんですよ。健康のバロメーターはゴルフと高座。

肺がんで呼吸が変わって早口が直った。人情噺をじっくり
――肺がんは、治療で肺を切除するので、どうしても心肺能力が低下しますが、落語の方は、長いお話もあります。体力の面では大丈夫ですか。
 亡くなった歌丸師匠は 誤嚥ごえん 性肺炎でちょくちょく入院していたけど、言ってました。「鶴」っていう落語があるんですよ。「つーーーーーーっと飛んできて」て言うの。「つー」がどこまで続くかで、自分の呼吸がわかるって。「鶴」もやりますけど、いい噺はほかにもあるので、落語でどこまで息が続くか見ていますよ。

 面白いのは、肺がんをやって呼吸がちょっと変わったんですよ。今まではポンポンとたたみ込むような話ができた。今は息が切れちゃうから、たたみ込まないで少しゆっくりやるようになった。自分の呼吸でやるから早口が少し直ったね。病気は全部が害じゃない。人情噺で思い入れがゆっくりできるようになったの。ぐっと抑え込む。

――がんとの付き合い方について特に意識していることはありますか?
 がん患者が一番怖いのは、再発転移ですよ。それ、もう経験しちゃったからね。先生は「また、出てきたらたたけばいいんだから」と言ってくれる。「モグラたたきですけど、どんどんいい薬が出てきているから、仕事ができる喜びで頑張ってください」って。病気がまたいたずらをして、弱っていって、そこで寿命だと思う。だから、まだ仕事ができて、ゴルフができてバランスよくしゃべれているうちは大丈夫だと思ってる。

――日本テレビ系の「笑点」には、27歳から44年出演されていますが、師匠にとってこの番組はどういう意味がありますか。

 芸人としては大きいですよ。どこに行っても高座に上がった時の安心感がお客様にあるんです。知名度や“知顔度”があるから、お客さんが知っていてくれる。笑点だけ見て、ツイッターなんかで「下手くそ」とか書かれることもあるけど、ちゃんとナマの高座を見ていただきたいですねぇ。出来、不出来はあるけど(笑)。

落語は最高のエンターテインメント、好きなことができる喜び
――最初の入院の時も退院翌日には独演会、脳転移の治療の時には、入院中に外出許可をもらって10日間、国立演芸場で高座を務めました。すごい責任感ですね。
 責任感なんかじゃないですよ。好きだからでしょ。自分が好きなことをできる喜び。それですよ。

――とにかく落語がお好きなんですね。
 日本人が考えた最高のエンターテインメントだと思っているんです。座布団の上、一人で小宇宙を作れるんだから。こんな芸事を考えてくれた先人に感謝ですよ。次にバトンを受け取る年下の良いヤツらがいっぱい出てきている。そのことの幸せ。でも、もう少し俺にも走らせてくれ。抜いていってもいいよ。もう、抜いていったヤツは何人かいるけどね。でも、まだまだ場面によっては俺が必要なところもあるから。現役を引退したらね。落語評論家になって、人の落語をきちんと評論したい。それと今もやってるけど、落語プロデューサーになって、全国で落語の会を企画していきたいね。

三遊亭円楽(さんゆうていえんらく)
 1950年生まれ、東京都墨田区出身。青山学院大学在学中に五代目三遊亭圓楽に入門。名前は三遊亭楽太郎。1977年、日本テレビ系「笑点」のメンバーに。81年真打昇進。2010年、六代目三遊亭円楽襲名。本業の落語で独演会を勢力的にこなすほか、多くのテレビ、ラジオに出演してきた。「博多・天神落語まつり」や「さっぽろ落語まつり」のプロデューサーも務めている。



三遊亭円楽、ラブホ不倫の相手とまた撮られた!! 涙の謝罪会見も「肉体関係続いてる」のウワサ
サイゾーウーマン2017年11月14日 11:45 
 昨年の“不倫騒動ラッシュ”の中でも、笑い交じりの謝罪会見を開いて注目を集めた三遊亭円楽が、またしても週刊誌のお世話になってしまった。当時不倫関係を報じられた40代女性と、現在でも交流頻度を変えずに会っているそうだ。もはや周囲の人々も、男女の関係であることは確信しているというが……。
 昨年6月、円楽の不倫をスクープしたのは「フライデー」(講談社)だった。落語界の大御所の“ラブホデート”報道は世間に大きな衝撃を与え、当人は直後、涙ながらに謝罪会見に臨んでいた。
「会見では謝罪の弁とともに、妻からは『仕事を頑張りなさい』と励まされたこと、さらには『今回の騒動とかけまして、東京湾を出ていった船と解きます。(その心は)コウカイの真っ最中』などと謎掛けを披露。全ての責任は自分にあると認めながら、笑いまで取ったということで、『謝罪会見の見本』などと、一部マスコミから称賛されていたものです」(スポーツ紙記者)
 そんな中、11月14日発売の「フラッシュ」(光文社)には、不倫相手とされた女性と円楽が、福岡県内でゴルフに興じるツーショットが掲載された。
「女性の宿泊先は、円楽の公演の宿舎となっているホテルで、円楽の落語も見に行っていたとされている。また、関係者の“2人の関係は仲間内では暗黙の了解”という証言からも、いまだ関係は解消していないことがうかがい知れます」(同)
 同誌の直撃に、円楽は「絶対ツーショットでは会ってない」などと、不倫を全否定。女性には「仲間意識」があるとして、周囲も理解を示していると釈明した。
「しかし『フラッシュ』にせよ、周囲の関係者にせよ、もう肉体関係はないと信じている者は皆無でしょう。昨年、同様に不倫を謝罪した桂文枝もそうですが、彼らには『女遊びは芸の肥やし』という考えが、今でも深く根ざしている。スポンサーの降板など、リスクも理解しているはずですが、本心は『なぜ批判されるのか理解できない』といったところでしょう。今回の記事は決定的な証拠を押さえられていないだけに、本人としてはひと安心なのでしょうが……」(テレビ局関係者)
 もうラブホテルにこそ二度と入らないだろうが、それでも次に決定的報道が出れば「終わり」となるだけに、あらためて自身の行動のリスクを認識してほしいものだ。



コロナ下、受動喫煙が3割増 外出自粛や在宅勤務が影響
国立がんセンター調査
2021年5月31日 11:00
 国立がん研究センターは31日、新型コロナウイルス流行による外出自粛や在宅勤務の影響で、たばこを吸う同居人からの受動喫煙が増えたと答えた人が33.7%に上ったとする調査結果を発表した。31日は世界保健機関(WHO)が定めた「世界禁煙デー」。同センターの平野公康研究員は「自宅にいる時間が長ければ受動喫煙の機会が多くなり、健康への影響が懸念される」としている。
 喫煙者はコロナに感染した際の重症化や死亡のリスクが高いことが示されているのに加え、生活様式の変化によるストレス増加で喫煙量が増えることが心配されている。同センターは今年3月、たばこを吸う人と吸わない人それぞれ千人の成人にアンケートした。
 同居人からの受動喫煙に関する質問では、同居人の喫煙の有無にかかわらず、回答が得られた吸わない人818人のうち「受動喫煙が増えている」と答えたのは10.6%だったが、喫煙する同居人がいる人に限ると33.7%に上った。
 喫煙者に吸う量が増えているかどうかを問うと、増えた人が18.0%で、減った人は11.4%、変わらない人は69.6%。喫煙量増加の理由はストレスが49.4%で、「職場は禁煙だが自宅は制約がない」が33.9%だった。
 マスクを外す機会のある屋内外の喫煙所では感染が拡大しやすいと考える人は全体の59.4%で、喫煙所の閉鎖に賛成する人は58.3%いた。
 新型コロナに感染した際の重症化リスクを減らすため「禁煙に取り組みたい」という喫煙者は25.3%にとどまり、「禁煙したいと思わない」の36.4%よりも少なかった。平野さんは「現在まだ吸っている人は、なかなかやめられない人が多いのではないか」と話している。〔共同〕

副流煙の有害物質、主流煙の数倍
 たばこの煙には多くの有害物質が含まれ、非喫煙者が他人の煙を吸い込む受動喫煙にも病気のリスクがある。成人では脳卒中や肺がん、子どもは耳や呼吸器の病気、突然死の原因になり、国内では推定で年1万5千人が死亡している。受動喫煙で吸い込む副流煙は、ニコチンなどの有害物質が喫煙者が吸う主流煙の数倍も含まれている。〔共同〕


青木さやか「突然のがん告知。1人で受け止めた私が、入院前に片づけた6つのこと」
5/31(月) 12:01配信
婦人公論.jp
 青木さやかさんの連載「48歳、おんな、今日のところは『……』として」――。青木さんが、48歳の今だからこそ綴れるエッセイは、母との関係についてふれた「大嫌いだった母が遺した、手紙の中身」、ギャンブル依存の頃を赤裸々に告白した「パチンコがやめられない。借金がかさんだ日々」が話題になりました。今回、「がん告知とがん手術」を経験した過去を明かします。
◆症状はまったくなかった
 2017年8月。東大病院で肺腺がんの手術をしていただいた。
 そこから遡ること3年前の2014年、人間ドックで肺に影があるとのことで再検査になった。再検査でもCTに写った数ミリの影は、がんとは判断がつかない。炎症かもしれないし肺炎の後かもしれない。大きくなったらがんの可能性が高いので、定期的にみていきましょう、となっていた。
 3年経ち、大きくなってきた様子をみて、「がんの可能性が高いので手術をしては?」ということになった。ただしがんだったとしても、この大きさからすると命に関わるようなものではないと思われるから、まだ定期的に検査をしながら様子をみることもできた。しかし手術をすることにした。
 理由は2つ。
 定期検診をしていき、大きくなりました、今すぐ手術しましょう、となったとしたら仕事に迷惑をかけるだろうということ。
もう一つは、みつけてしまった以上、不安材料を体にしまいながら生活するのは性格的に向いていないな、と思ったからである。
 肺がんというと、咳が出るとか胸が苦しいとか、そんなことがあるのかと思ったが、まったくなかった。
◆起きたらICUだった
 舞台稽古中に手術を決め、千秋楽の翌日に入院をした。
その前にやらなくてはならないことを片付けた。
○会社に病気のことと、病院を伝える
○娘の学校に、「しばらく娘はうちから通いません」と連絡をする
○元旦那さんに状況を伝え、できるだけ娘を預かってほしいのです、とお願いする
○ママ友数名に娘のサポートをお願いする
○保険会社に連絡する
○友人数人に伝える
 わたしは一人で入院をした。下着と歯ブラシセットと心療内科で処方されたお薬と小説数冊をもち、パジャマは病院に借りることにした。がん保険には入っていたが、がんの初期だと保険はおりないこともありますとの先生のお話もあり、個室には入らなかった。
 入院日に手術の説明を受け、多くの書類に目を通してサインした。翌日は検査をした。気管支鏡をした。肺のどの位置を切るかをしっかりとわかるために色をつけるのだという(VAL-MAP)。他にも検査をした。血液はたくさんとった。翌々日、全身麻酔で5時間程度の手術をし、右肺上葉にある右肺結節を切除した。術式は、胸腔鏡下右肺上葉区域切除、というものだった。
 起きたらICUだった。からだは動かなかった。声は出なかった。しばらく経つと強い吐き気がした。熱もでた。麻酔が合わなかったのかもしれない。それは手術翌日まで続いた。翌々日には、それらは少しおさまり、フラフラしながら廊下を歩いた。そのまた翌日に、むりを言って家に帰った。その翌々週、仕事に行った。翌々月、1ヵ月公演の舞台に立った。
 以上が状況報告であるが、気持ちの動きを入れていくと相当長くなりそうなので、割愛しながら伝えていきたい。
◆「これじゃ頑張っても死ねない」
 両親も母方の祖父も、がんを患った。
 身近な病気ではあったが、自分ががんだと告知されるとあまりにも驚いた。そして、
あまりにも軽く発表された。
「あ~、がんですね、どうします?」
 初老のお医者さんはパソコンを見ながら、わたしのほうに振り向きもせず言った。
それはまるで
「あ~、雨ですね、傘持ってます?」
 に、ほど近いテンションであった。
 わたしは思わず
「かるい」
と呟いた。

「え、何がです?」
「いや、がん、て言うの、軽いなって思いまして」
「まあ、これ、がんだからねえ~」
「あの、わたし、死ぬんでしょうか」
「死ねない死ねない、これじゃ頑張っても死ねない」
「かるい」

 がんの発表は、初老のお医者さんのお陰で軽やかに終わったが、1人車に乗ると、心臓がばくばくしてきた。
 がんだというのは現実らしい。倒れこみたい気分だが、まず考えなくてはならないのは、ひどく現実的なことばかりだった。
 入院中、娘のことをどうするか、お金はどれくらいかかるのか、復帰はいつできるのか、肺など切って舞台など出られるのか。
 わからない。
 とても不安だったが、手術をしていただくことになった、当時東大病院にいらした似鳥先生や周りの方たちにより、不安はある程度解消された。
◆何をしても楽しくない
 入院が決まり、報告しなくてはならない人への報告を済ませて一息ついた。これで、娘のこともその後の仕事のことも一旦安心、になった時、わたしは泣きたくなった。誰かにもたれかかって泣きたくなった。恋人がいい。でも相手がいなかったから1人で車の運転席で堰を切ったように泣いた。あとにもさきにも、がんのことで泣いたのはこの時だけだ。
 手術をするまでの間、毎日怖かった。心ここにあらずで娘とごはんを食べた。
 自分の病気を、ネットで調べた。生存率が書いてあったり、闘病記が書いてあったりした。それは、少なくともわたしの心を明るくするものではなかったから、
わたしはネットで病気を調べるのをその日でやめた。
 いつもみる景色は、いつもと違ってみえた。どこか違う世界にきたように思えた。
何をしていたって楽しめなくて、受験前みたいな気分だった。
 それでも、入院前に小川菜摘さんが連れて行ってくださったお寿司は美味しかったし、
カメラを向けられれば笑顔ができた。がんになっても街にでれば「健康そのものね」と
言っていただくことは多く、見た目ではわからないものだ、と自分をみて思った。
 よかれと思ってアドバイスをくれる人はいたが、耳に入ってこなかった。その相手が、気遣いが足りないとか、それは必要ないことだとか、そりゃ理由付けはいくらでもできるが、そうじゃない。
 結局のところなかったのは「私自身の余裕」だった。余裕さえあれば、どんなことを言われてもぜんぶぜんぶ、笑っていられるのに。
 わたしは、病気になって、いつにも増して余裕をなくしていた。
 入院当日、わたしは自分で車を運転して1人で病院へ向かった。


広田レオナ 肺がんであす手術と公表「生きるための手術です」 連ドラは降板
6/1(火) 21:44
 女優・広田レオナ(58)が1日、公式ブログ「明るい未来のための終活Blog」を開設し、肺がんを公表。「明日、肺ガンの手術します!」と2日に手術を受けることを明かした。出演を予定していた連続ドラマも降板したことを伝えた。
 「明日、肺ガンの手術します!」と題して、ブログを更新。「連ドラのお仕事がきていて、ちょっとアクションもあるので身体の痛みを取りたくて病院に行ったら…偶然、肺ガンが見つかったのです」と久しぶりの連ドラの仕事を前に、病院に検査のつもりで行ったところ、がんが見つかったことを告白。「生きるための手術です」とつづった。
 「術後、2~3ヶ月は痛いだろうから久しぶりの女優業は降りました さすがにアクションは無理かなぁ~って」と連ドラを降板したことも説明した。
 かつては愛煙家として知られた広田。「もう何十年もタバコ吸ってないのに肺ガンか…」とショックを受けたこともつづり、「ストレスに強いと思っていましたが案外弱かったんですね これからは我慢はやめます!好きなように生きないと」と宣言。「皆様、無事、戻ってきますのでこれから宜しくお願い致します」と前を向いている。
 広田は芸能エージェント「ジュデコン(正式名称はジュ・デテストゥ・レ・コンコンブル)」の社長を務めており、ブログでは「マネジャー業務と映画監督業務はすぐ復帰します」と記している。



2021年5月30日日曜日

おつかれ様温泉 洞爺サンパレス


 


 先日、「おつかれ様温泉 自分に御褒美 洞爺サンパレス」に行ってきた。自分に御褒美をやりたいほど、5月はいろいろと疲れることがあったのである。
 3月に、この温泉に初めて行ったときのことは、ここに書いた。
 書いたけど、「作成途中」で終わっていた。
 実は、夕食朝食のバイキングも、そして何よりも「インフィニティ温泉」も、とても気に入ってしまい、あれから3ヶ月も経たないというのに、また一人で行ってきたのである。
 但し、3月の前回は7623円だったけれども、5月末の今回は8360円だった。
 もっとも、たとえ6月でも、日を選べば8000円以下で、一人でこのホテルに、2食付きで泊まることが可能である。

 実は、これまでも、
「おつかれ様温泉 自分に御褒美 ひとり旅」ということはやってきた。その多くの場合、
 虎杖浜温泉ホテルいずみ
 に泊まっていたのだけれども、ここ3、4回泊まってみて、以前よりかなり食事の質が落ちたことに失望してしまった。もちろん、それは個人の感想であり、ホテル側は食事の質は数年前と変わらない、と考えているのかもしれない。
 しかし、私の推測では、きっと料理長が替わってしまったのだろう。小さなホテルや旅館では、料理長が替わると、出される料理が全く変わってしまうことがある。虎杖浜温泉は温泉は源泉掛け流しで素晴らしいのだけれども、あの料理になってしまったのなら、もう選択肢には入らない。
 代わって、今の一番のお気に入りは、この「洞爺サンパレス リゾート&スパ」である。源泉掛け流しというわけではないけれども、インフィニティ温泉は魅力的である。大きな湯船の底に敷き詰められた箱根石。洞爺湖を眺めるように作られた風呂の中の長いベンチは、大理石でできていると思うけれども、滑ることもなく座っていて心地良い。
 洞爺湖の温泉に泊まったのは、高校一年の宿泊研修で、である。15歳だったと思う。今、62歳だから、あれから50年近くが経っている。
 50年、いろいろなことがあった、と思いながら、サンパレスのインフィニティ温泉に浸かっている。
 目の前の景色は50年前と、寸分も違っていないように思える。
 しかし、それを見ている私は、もうあと幾ばくもなく、人生を終えるかもしれない老年の爺となっている。So it goes.

2021年4月23日金曜日

老人の無駄足





 美味しいラーメンが食べたくなったので、『櫻島』まで車を走らせることにした。櫻島までは、札幌を南東から北西に横断することになる。
 横断するなら、途中に街で買い物をすることにして、駐車場に車を入れることにした。ならば、大通り公園にも行ける。古くなったパンや、冷凍していて長期間経ってしまった御飯などを大通り公園の鳩たちにやることにした。観光客が激減して、大通り公園の鳩たちも困っていることだろう。ここはひとつ、エサをやりに行こう、と。
 さて、街で買い物を終えて、テレビ塔の下までやってきて、鳩にエサをやることにした。ベンチに腰掛け、リュックのファスナーを開いて中をゴソゴソする。その見覚えのある姿に、一匹の鳩が早速私の足元にやってきて、何か食べ物が与えられる期待に胸を膨らませてチョコチョコと歩き出していた。
 ところが、リュックを探っても、パンと御飯を入れたビニール袋が見当たらない。リュックの中身を全てベンチに出してみたけれども、無いのである。つまり、肝心のビニール袋を、家のテーブルの上に置き忘れてきた、というわけ。
 足元を歩き回っていた鳩は、チッと舌打ちをして「老いぼれジジイ」と悪態をついてから、どこかへ消えてしまった。
 最近、物忘れが多くなったのである。記憶障害だけではなく、物理的な「物」をあちこちに忘れてくるようになった。こうして鳩にまでバカにされるようになってしまった。

 気を取り直して、西区西野にある『櫻島』まで行く。昼食の時間帯には行列のできる店だけれども、午後4時前後のその時間には私の他には客は一人もいなかった。ラーメンを食べたあと、店の大将に声をかけた。
「先日函館に行ったときに、『櫻島』の店を見つけたけど、あそこはお弟子さんが開いたの?」
 すると大将は(この大将のラーメンを私は少なくとも30年以上は食べている)嬉しそうににっこり笑って、
「息子がやってるんですよ」
 と答えた。
 ラーメン櫻島・函館五稜郭店、である。私が行ったときは日曜日の夜だったので閉店時間を過ぎていた(日曜は午後8時)が、今度函館に行ったときには入ってみることにした。

 鳩にはまた日を改めてエサをやりに行くことにした。


 

墓地散歩 赤平市






  先日、赤平市付近を車で走行。

 その時、助手席にいた私が撮った写真が上にアップしたもの。墓を守るように、金色の犬の像がある。以前からここにあるのを知っていた。墓に立つ犬の像は、この赤平市、そして月形町と福島町にある。ヨーロッパやアメリカの墓地をあちこち見物している私だけれども、「犬の像」を人間の墓石の横に据えているのは日本だけである。


墓地散歩 当別町

当別町獅子内墓地

当別町高岡墓地

当別町高岡墓地

当別町高岡墓地

当別町高岡墓地

当別町獅子内墓地

当別町獅子内墓地

 

墓地散歩 石狩市

石狩市樽川墓地

石狩市樽川墓地

石狩市樽川墓地

石狩市樽川墓地

 

2021年4月17日土曜日

釧路・尾岱沼・網走・北見・紋別

 

風蓮湖の白鳥

オーベルジュ北の暖暖内のレストランの一つ

釧路 イタリア料理店 RI-CASA


尾岱沼温泉シーサイドホテルの夕食

オーベルジュ北の暖暖の全体像

釧路センチュリーキャッスルホテルの食堂


オーベルジュ北の暖暖の玄関横で
宿泊者に挨拶してくれる北海道犬

尾岱沼の夜明け

オーベルジュ北の暖暖

 先日、釧路、尾岱沼、網走を旅してきた。
 釧路のセンチュリーキャッスルホテルに泊まるのは、これで3回目。釧路市内では最も「ちゃんとした」ホテルだと思う。とは言っても、釧路の全てのホテルに泊まったわけではないけれども。
 札幌から帯広へ。帯広の『インディアンカレー』でいつものようにカレーを食べて、浦幌の道の駅に寄り、大量の鮭トバを買う。その後、白糠経由で釧路へ。
 夕食は幣舞橋近くの繁華街に出た。『炉ばた』で食べようかとも思ったけれども、焼き魚というよりはイタリアンが食べたかったので、初めての店、『RI-CASA』に入る。どれも美味しかったけれど、ソフトシュリンプのフリットが特に美味しかった。
 いつものように楽しい朝食をキャッスルホテルで取ってから厚岸町へ。ここの道の駅で休憩してから風蓮湖へ。走古丹先端まで車を走らせる。四駆なので不安は無かった。

 風蓮湖を出て北上し、今度は尾岱沼へ。尾岱沼の半島(?)は、途中から関係者以外侵入禁止となっているので、諦めてネイチャーセンターに戻る。観光客は全くいなかった。
 尾岱沼温泉シーサイドホテルにチェックイン。ケチって(本当に)、尾岱沼眺望側の部屋ではなく、街側の部屋を予約していたのだけれども(値段が安くなる)、その部屋は喫煙可の部屋だったため、気絶したくなるほどひどい臭いだった。料理や温泉は総じて良かったのだけれども、このホテルに来ることはもう二度とないだろうと思った。禁煙部屋は少なく、建物全体からタバコの臭いがしているような印象だった。

 美幌峠を超えて美幌町へ。
 お腹が空いたので昼食を取ろうと思った。いつもなら、グーグルマップで、「イタリアン」と検索をかけて、現在地近くの店に入るのだけど、前日の夜もイタリアンだったので、蕎麦屋に入ることにした。美幌の有名な蕎麦屋『かね久総本店』。35年ほど前は、よくこの店に(店舗はこの位置ではなかったけれども)入った。当時、「北海道で一番売り上げの多い蕎麦店」として有名で、実際蕎麦も美味しかった。ところが、その後、店舗を移転し、同時に(?)蕎麦の味も坂道を転げ落ちるように落ちていった。(個人の感想です)
 そんな蕎麦屋になぜわざわざ入ったかというと、35年前、というか恐らく20年くらい前までは「マトモ」だった店が、こうも無残になってしまったということを「確認」してみたいから。実は、3年前にもこの店に入り、こんなになっても店って持ちこたえるものなんだなと驚いたことがある。
 今回は、ざる蕎麦と豚丼のセットを注文した。豚丼は、人様からお金を取って売るようなレベルの品物ではなく、家庭の普通の主婦だってもう少しまともなものを作れるだろうといったレベル。(あくまでも個人の感想です)
 蕎麦は、どこかのクチコミにもあったように、緑色の素麺のような感じで、蕎麦を食べている感覚はない、もちろん、蕎麦を食べている歓びなどは全く感じられない。
 不思議なのは、こうした店が今もって「繁盛している」こと。つまり、「私の個人の感想」とは全く異なる判断をしている人が大勢いるのだろう。だからといって、私が自分の判断を変える必要もなければ、自分のブログでも書きはしないというような決心をする必要もない。
 気分が悪くなるような酷い蕎麦を食べたあとは、同じく美幌町にある『ペパーミント商会』に行く。
 ペパーミント商会 https://kitamihakka.com/

 以前は、森の中というか原野の中にあるこの「会社」は、ちゃんと看板も出して、店舗として商品も置いていたのだけれども、今回行ってみると、看板は外されていた。だからといって、商売が傾いたということではなく、コロナの影響もあってミント需要が高まり、殆どネット注文で販売するようになったのだという。だから、この原野の中の店舗はもう宣伝していないし、幸い少し置いてあった商品を2個購入できたけれども、これからはわざわざ「生産拠点」まで来る必要はないようだった。銀色のドラム缶(200リットルは入るのだろう)が幾つもあり、建物の中はミントの匂いが充満していた。そこにいるだけで、鼻腔が空っぽになり、目からは少し涙が出てきた。

 北見に行き、柄にもなくケーキのお土産を買う。
ティンカーベル https://www.tinkerbell-kitami.com/
 山の師匠(女性84歳)も、お父さん(山の師匠の旦那さん88歳)も元気だったので、ひと安心。浦幌で買った鮭トバとかその他のお土産も置いて、1時間ほど楽しく話をしてから網走へ。
 網走の宿は、『北の暖暖』。吉永小百合、豊田章男などといった有名人も泊まったオーベルジュである。http://kitanodandan.com/
 吉幾三の達筆な書を壁に飾っていた。
 網走湖を見下ろす風呂は爽快だった。もちろん、料理も美味しかった。少なめの量にしたのだけれども(もちろん安くなる)、62歳の私には「少なめ」がちょうど良かった。
 翌朝は、札幌に向けて出発。
 途中、遠軽に寄り、瞰望岩に登る。
 駐車場が頂上直下にあり、登るといっても4、5分坂道を登るだけである。小学生の頃、何度も父や母、そして姉とこの岩に散歩に来たことを思い出す。あの頃は、近くにある大きな『太陽の丘公園』(コスモス畑が有名)などはなく、どこまでも森が続いていた。私は遠軽東小学校に入学し、その後紋別、滝上と引っ越ししてから、再び遠軽に戻って遠軽東小学校を卒業した。だから、入学も卒業も同じ小学校ということになる。
 それから遠軽東中学に入学したのだけれども、一月も経たないうちに札幌に引っ越しし、それから以後今に至るまで52年間ずっと札幌暮らしである。
 今では遠軽に寄る楽しみの一つは、イタリア料理店『トレモロ』に立ち寄ること。ここは、父親がシェフ、娘がデザートを作っている店である。
 ガーリックトーストやカルボナーラ、そしてトマトとモッツァレラのカプレーゼはとても美味しかったのだけど、クリームコロッケは残念ながらinsipidだった。写真写りはいいのだけれども、食べてみるとがっかりする一品である。

 遠軽まで自動車道路が伸びていて(今回初めて利用した)、その入り口にはスキー場と合体した『道の駅』ができていた。ゲレンデのレストハウスと道の駅の合体。
 遠軽から愛別まで一気に走り(無料区間)、そこからはひたすら275号線を運転して札幌に戻った。
 家の風呂が壊れたままなので、帰宅してすぐに国道36号線沿いにある健康ランドまで運転し、風呂に入ってそこのレストランで刺身定食の食事を取ってから家に戻った。