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2021年4月17日土曜日

釧路・尾岱沼・網走・北見・紋別

 

風蓮湖の白鳥

オーベルジュ北の暖暖内のレストランの一つ

釧路 イタリア料理店 RI-CASA


尾岱沼温泉シーサイドホテルの夕食

オーベルジュ北の暖暖の全体像

釧路センチュリーキャッスルホテルの食堂


オーベルジュ北の暖暖の玄関横で
宿泊者に挨拶してくれる北海道犬

尾岱沼の夜明け

オーベルジュ北の暖暖

 先日、釧路、尾岱沼、網走を旅してきた。
 釧路のセンチュリーキャッスルホテルに泊まるのは、これで3回目。釧路市内では最も「ちゃんとした」ホテルだと思う。とは言っても、釧路の全てのホテルに泊まったわけではないけれども。
 札幌から帯広へ。帯広の『インディアンカレー』でいつものようにカレーを食べて、浦幌の道の駅に寄り、大量の鮭トバを買う。その後、白糠経由で釧路へ。
 夕食は幣舞橋近くの繁華街に出た。『炉ばた』で食べようかとも思ったけれども、焼き魚というよりはイタリアンが食べたかったので、初めての店、『RI-CASA』に入る。どれも美味しかったけれど、ソフトシュリンプのフリットが特に美味しかった。
 いつものように楽しい朝食をキャッスルホテルで取ってから厚岸町へ。ここの道の駅で休憩してから風蓮湖へ。走古丹先端まで車を走らせる。四駆なので不安は無かった。

 風蓮湖を出て北上し、今度は尾岱沼へ。尾岱沼の半島(?)は、途中から関係者以外侵入禁止となっているので、諦めてネイチャーセンターに戻る。観光客は全くいなかった。
 尾岱沼温泉シーサイドホテルにチェックイン。ケチって(本当に)、尾岱沼眺望側の部屋ではなく、街側の部屋を予約していたのだけれども(値段が安くなる)、その部屋は喫煙可の部屋だったため、気絶したくなるほどひどい臭いだった。料理や温泉は総じて良かったのだけれども、このホテルに来ることはもう二度とないだろうと思った。禁煙部屋は少なく、建物全体からタバコの臭いがしているような印象だった。

 美幌峠を超えて美幌町へ。
 お腹が空いたので昼食を取ろうと思った。いつもなら、グーグルマップで、「イタリアン」と検索をかけて、現在地近くの店に入るのだけど、前日の夜もイタリアンだったので、蕎麦屋に入ることにした。美幌の有名な蕎麦屋『かね久総本店』。35年ほど前は、よくこの店に(店舗はこの位置ではなかったけれども)入った。当時、「北海道で一番売り上げの多い蕎麦店」として有名で、実際蕎麦も美味しかった。ところが、その後、店舗を移転し、同時に(?)蕎麦の味も坂道を転げ落ちるように落ちていった。(個人の感想です)
 そんな蕎麦屋になぜわざわざ入ったかというと、35年前、というか恐らく20年くらい前までは「マトモ」だった店が、こうも無残になってしまったということを「確認」してみたいから。実は、3年前にもこの店に入り、こんなになっても店って持ちこたえるものなんだなと驚いたことがある。
 今回は、ざる蕎麦と豚丼のセットを注文した。豚丼は、人様からお金を取って売るようなレベルの品物ではなく、家庭の普通の主婦だってもう少しまともなものを作れるだろうといったレベル。(あくまでも個人の感想です)
 蕎麦は、どこかのクチコミにもあったように、緑色の素麺のような感じで、蕎麦を食べている感覚はない、もちろん、蕎麦を食べている歓びなどは全く感じられない。
 不思議なのは、こうした店が今もって「繁盛している」こと。つまり、「私の個人の感想」とは全く異なる判断をしている人が大勢いるのだろう。だからといって、私が自分の判断を変える必要もなければ、自分のブログでも書きはしないというような決心をする必要もない。
 気分が悪くなるような酷い蕎麦を食べたあとは、同じく美幌町にある『ペパーミント商会』に行く。
 ペパーミント商会 https://kitamihakka.com/

 以前は、森の中というか原野の中にあるこの「会社」は、ちゃんと看板も出して、店舗として商品も置いていたのだけれども、今回行ってみると、看板は外されていた。だからといって、商売が傾いたということではなく、コロナの影響もあってミント需要が高まり、殆どネット注文で販売するようになったのだという。だから、この原野の中の店舗はもう宣伝していないし、幸い少し置いてあった商品を2個購入できたけれども、これからはわざわざ「生産拠点」まで来る必要はないようだった。銀色のドラム缶(200リットルは入るのだろう)が幾つもあり、建物の中はミントの匂いが充満していた。そこにいるだけで、鼻腔が空っぽになり、目からは少し涙が出てきた。

 北見に行き、柄にもなくケーキのお土産を買う。
ティンカーベル https://www.tinkerbell-kitami.com/
 山の師匠(女性84歳)も、お父さん(山の師匠の旦那さん88歳)も元気だったので、ひと安心。浦幌で買った鮭トバとかその他のお土産も置いて、1時間ほど楽しく話をしてから網走へ。
 網走の宿は、『北の暖暖』。吉永小百合、豊田章男などといった有名人も泊まったオーベルジュである。http://kitanodandan.com/
 吉幾三の達筆な書を壁に飾っていた。
 網走湖を見下ろす風呂は爽快だった。もちろん、料理も美味しかった。少なめの量にしたのだけれども(もちろん安くなる)、62歳の私には「少なめ」がちょうど良かった。
 翌朝は、札幌に向けて出発。
 途中、遠軽に寄り、瞰望岩に登る。
 駐車場が頂上直下にあり、登るといっても4、5分坂道を登るだけである。小学生の頃、何度も父や母、そして姉とこの岩に散歩に来たことを思い出す。あの頃は、近くにある大きな『太陽の丘公園』(コスモス畑が有名)などはなく、どこまでも森が続いていた。私は遠軽東小学校に入学し、その後紋別、滝上と引っ越ししてから、再び遠軽に戻って遠軽東小学校を卒業した。だから、入学も卒業も同じ小学校ということになる。
 それから遠軽東中学に入学したのだけれども、一月も経たないうちに札幌に引っ越しし、それから以後今に至るまで52年間ずっと札幌暮らしである。
 今では遠軽に寄る楽しみの一つは、イタリア料理店『トレモロ』に立ち寄ること。ここは、父親がシェフ、娘がデザートを作っている店である。
 ガーリックトーストやカルボナーラ、そしてトマトとモッツァレラのカプレーゼはとても美味しかったのだけど、クリームコロッケは残念ながらinsipidだった。写真写りはいいのだけれども、食べてみるとがっかりする一品である。

 遠軽まで自動車道路が伸びていて(今回初めて利用した)、その入り口にはスキー場と合体した『道の駅』ができていた。ゲレンデのレストハウスと道の駅の合体。
 遠軽から愛別まで一気に走り(無料区間)、そこからはひたすら275号線を運転して札幌に戻った。
 家の風呂が壊れたままなので、帰宅してすぐに国道36号線沿いにある健康ランドまで運転し、風呂に入ってそこのレストランで刺身定食の食事を取ってから家に戻った。