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2021年3月31日水曜日

大泉洋の異常性 (2018年12月11日と2020年12月31日の投稿を再録)










参照:
http://nikkanakujo.blog.fc2.com/blog-entry-77.html

NHKのステージショー関連。
<大泉洋が司会を務め……細川たかしが歌った>
 大泉洋が司会。この男を見ると、ファンの女性に鏡の前でセックスを強要したり、唾を求めたり、アナルセックスを強要したり、飽きたらポイ捨てしたという事件しか私は思い出せない。だから北洋銀行の店舗に入ってこの男の等身大パネルを見せられると、いつも吐き気を催す。でも、多くの日本人は大泉洋を見て、鏡アナル異常性欲男とは思わないで、人のいい青年、のように思うようである、というか、「誤解しているようである」。
 NHKのこの番組をもし私が見たなら、
<ファンの女性にアナルセックスを強要したクズ大泉洋が司会を務め、暴力団密接交際と円天事件で取りざたされた細川たかしが歌った>
 としか思わないだろう。民間人インタビューの個人データをオーム真理教の流れを汲む組織に漫然と垂れ流すような愚かなNHK札幌放送局らしく、コンプライアンスや異常な性行為のことなどは意に介してはいないのだろう。

 来年1月8日には全国放送されるという。
 アナルセックス強要という言葉を思い浮かべながら大泉洋の顔を見ていると、今までとはまったく違った・これまでは気づかなかったこの男の本当の表情が見えてくるかもしれない。



2020年12月31日木曜日
今朝の北海道新聞 アナル大泉 ソドム日本











 大泉洋(アナル大泉)のような有名人・金持ちの芸能人には、寄ってくるファンも多いだろう。そんなふうに近寄ってきたファンに、アナルセックスを強要して、適当に遊んだらポイっと捨てたのがアナル大泉である。
 それはちゃんと報道されている。
 こういうゲス野郎であることは、公然たる事実である。
 ところが、このゲス野郎が、日本で最も有名な番組で司会を務めるという。大晦日に、何千万人もの日本人が、このアナル大泉の顔を見て、1年の最後の時間を楽しく(?)過ごすのだという。楽しく過ごせる、のだという。だとしたら、日本人というのは狂っているのだと私は思う。
 だとしたら、日本は既に「ソドムのような街・国家」になってしまっているのだろう。
 神によって滅ぼされるに値する腐敗した国家になってしまった、ことを象徴するのが、アナル大泉司会の紅白歌合戦ということになる。
 そういえば、ソドミーというのはアナルセックスという意味でもある。
 アナル大泉こそ、日本の年越し番組で「活躍」するになんと相応しい人物であることか。
 アナルゲス野郎を楽しんで観ているような日本人たちには、やがて空から火の槍が降り注ぐかもしれないし、そうなったとしても不思議ではないし、そうなることに値すると思う。


 なんと悲しい年越しであることか。


参照
https://matsuuraatsushi.blogspot.com/2018/12/blog-post_65.html



http://nikkanakujo.blog.fc2.com/blog-entry-77.html










2021年3月30日火曜日

ホテル 十勝ナウマン温泉ホテルアルコ ザウィンザーホテル洞爺リゾート&スパ



 

 ヤフートラベルからメールが来た。この旅行代理店(?)を使ってホテルを予約することが、私の場合殆どである。
 最近は、このサイトを使って、那須陽光ホテル、芦ノ牧温泉丸峰、フォレストリゾート猪苗代四季の里、に泊まってきた。どこもいいホテルだった。那須陽光ホテルは去年泊まって気に入ったので、今年で2回目。
 さて、メールの文面にはこうある。

『新型コロナウイルスの感染拡大により大きな影響を受ける各宿泊施設を、「クチコミ」で応援しませんか?
今回ご予約いただいた「会津芦ノ牧温泉 丸峰別館 川音」での宿泊体験について、ぜひご投稿いただけますと幸いです。』

 クチコミ投稿を勧めるのは理解できる。
 しかし、だからといって、クチコミ投稿が、ホテルを賞賛応援するものである必要は、ない。
 実は、ヤフートラベルでこれまで少なくとも200回以上は(10数年は使っていると思う、ネットをやりだしたときからだから)ホテルを予約して宿泊しているけれども、クチコミを書いたのは、たった一回だけ。しかも、五段階評価の「1」で、ゼロとかマイナスがあったらそれを付けたいくらいにダメな不愉快なホテルが、
「十勝ナウマン温泉ホテルアルコ」
 だった。上に、私のクチコミをスクリーンショットで載せておく。
 興味深いことに、私の後にクチコミを投稿しているのは50代の女性で、評価は五段階評価の「5」なのだけれども、それでもホテルのフロントについては苦情を記している。

「フロントの中年の男性だけがいつも残念です。悪い人にはみせませんが基本的な接遇を学ばれては? フロントはホテルの顔です。」

 このホテルは、地元の人々がたくさん来る、「銭湯」の役割を果たしている。従って、「銭湯」に入っているような騒がしさがある。ゆっくりと温泉に浸かっているような風情は微塵も感じることはできない。食事も、取り立てて話すようなものではない。美味しいとすら私には思えなかった。
 ということで、二度と行かないホテルだからもうどうでもいいのだけれども、ひょっとして、私の低い評価によってこのホテルが旅行者に与える不愉快さをうまく逃れて、別のホテルに行く人が一人でもいたなら、それは少しは投稿が役に立ったものとして私も「受難を逃れた人」も共に喜ぶことができる。
 ヤフートラベルは、時として投稿がこうしたものになること、ホテルに否定的なものにならざるを得ないことを知っているはずである。
 いくら武漢ウイルス禍によってホテル業界が苦難の道を歩いているとしても、おかしなホテルはおかしいのであり、正当な評価(批判)を受けるべきなのだから、「応援しましょう」などという「強制的な文言」は使わないほうがいいだろう。

 ところで、陽光ホテルからのゴルフ場を眺めての夕食、朝食は共に美味しく楽しかったし、芦ノ牧温泉丸峰の食事や従業員は素晴らしかったし(ここの従業員に教えられて、会津若松の味噌屋である「松島糀店」に行き、美味しい味噌を購入した)フォレストリゾート猪苗代四季の里もいいホテルだった。
 東京から東北に向かってドライブ旅行に出るとき、もし午後に東京を出発したなら、那須は一泊するのにちょうどいい場所にある。それに、私は
「ゴルフ場が見えるホテル」
 が好きなのである。ゴルフはしないけれども、ゴルフ場を眺めるのは好きである。だから、また来年、那須陽光ホテルに泊まることだろう。グリーンが夕焼けの輝きから次第に闇に包まれてゆく移ろいを眺めながら、美味しい食事をしてワインを飲んでいるのは、楽しいのだから。
 その楽しみを初めて知ったのは・その楽しみを教えてくれたのは、淡路島の
「スプリングゴルフ&アートリゾート淡路」
 というホテルだったけれども、その話は別の時にアップしよう。

 二度と泊まらない呆れたホテルは、この、
「十勝ナウマン温泉ホテルアルコ」
 と、そしてもう一つ、
「ザウィンザーホテル洞爺リゾート&スパ」
 である。
PS 忘れていた、二度と泊まらない呆れたホテルがもう一つあった。
「ルグラン軽井沢ホテル&リゾート」
 このホテルについては、ここに記した。




ノマドランド

 


 昨日は、映画・ノマドランドを札幌ファクトリーの映画館で観てきた。映画館で観る映画なんて、もう2年ぶりくらいになると思う。シネコンの内部も大きく様変わりしていて、チケットは機械で購入するのが主流。もちろん今まで通りに販売ブースもあったけれども、入り口から遠くに移動し、受付も二箇所くらいに減っている。画面タッチの機械によるチケット購入は簡単で、シニア割引の1200円の券を買う。画面で席も指定できるようになっている。
 午後1時半からの映画だったけれども、座席の4分の1くらいは埋まっていた。どこも隣の席を空けているので、それで4分の1ということは規定座席の半分は埋まっているということになる。武漢ウイルス禍の映画館としては驚くほど混んでいる、ことになる。平日の午後1時台でこの混雑だから、週末は規定上の満席になっていたのではないだろうか。それくらい人気のある、注目を集めている映画だということになる。

 映画は、素晴らしいにヒトコトに尽きるのだが、いろいろと考えさせられた。
 原作は去年か一昨年には買っていた。しかし、読んでいなかった。この本を知ったのは、経済関係の記事を読んでいて、漂流する高齢貧困労働者問題、という流れの中で知った本だった。だから、経済的弱者の困窮ぶりを描いて資本主義社会の不正を問う、といった「正統派」ジャーナリズム臭プンプンたるものだと思っていた。
 実際、本の著者であるBruderは、本が出版されたその年にプロデューサーとなって「本を映画化した」ものを作っている。しかし、その映画は全く(?)評価されていない。恐らく、「社会正義の説教調映画」だったのだろう。
 ところが、この本の映画化権をマクドーマンドが買い取り、Chloe Zhao(中国人女性監督)が脚本を書き、音楽をLudovico Einaudiが担当して映像化すると、あら不思議、そこにはHuman Dramaとでも呼ぶしかないような、魅力的な作品が出来上がっていたのである。
 Socioeconomic Dramaではなく、Death-waiting-human Drama

 なるほど、ビート畠やアマゾン物流センター、あるいはピザ屋での「労働シーン」は出てくる。しかしそれは「背景説明」に過ぎない。貧困と労働と漂流、がメインではない。
 たとえvandwellerではなくても、人の人生は「一種の漂流」であるし、流れ着く先は「死」以外には無い。誰もがこの人生を漂流して、やがては死と名付けられた消滅へと向かう。その「事実」を、vandweller(もっと適切に言えば、vantraveller)は教えてくれる。
 マクドーマンドが、アメリカバイソンを見つめながら車を運転し、渓流で全裸になって水の中に浮かんでいて、メタセコイアの驚異的な森の中を歩き、砂漠の果てに続く不毛の山脈に向かうかのようにヴァンを運転し、岩場の海辺で両手を広げるとき(フリードリヒの絵画『海辺の僧』を連想した)、そしてそれらの全てで彼女は無言であり、Einaudiのピアノの魔法のような音が流れている。静かに時は流れ、自然世界は美しく強く荒々しい。

 ストラザーンとマクドーマンドの恋愛めいたエピソードなど、どうでもいいように思えてくる。マクドーマンドすら、単なる狂言回しのように見えてくることもある。それは、この映画の本当の主人公は、Linda May, Swankie, そしてBob Wellsではないかと思えるからだ。昨日、映画を観た時にはこの3人が、実名で登場している本当のvantravellerで、俳優なんかではないことを知らなかった。だから、まるで途中から私がドキュメンタリーの中に放り込まれたような不思議な感覚に囚われたのも無理はなかったのである。
 あるサイトでは、ノマドランドというこの映画は、フィクションとドキュメンタリーの境をあっさりといとも簡単に超えてしまっている、と高く評価していた。まったくその通りだと思う。
 現代ではvanに乗って旅をするのだろう。
 しかし、昔は歩いて旅をした。ノマドは貧困高齢漂流民、というよりも、私には西行芭蕉と同じように、旅に生き、自由を知り、やがて来る死を受け入れ、そして何よりも自然世界の美しさに身を委ねている、人生を本当に生きている、人々に見える。
 See you again down the road.
 本当に、これは不思議な魅力に満ちたroad movieなのだと思う。

 Ludovico EinaudiのCDを2枚、今朝アマゾンで注文した。



2021年3月21日日曜日

洞爺サンパレス









  東京に住む友人と話してみて、伊東に行くならハトヤ、という歌が刷り込まれていることを知る。


 ところで、時期はもう少し新しいけれども、つい10年くらい前までは(?)、北海道のテレビでは繰り返し繰り返し洞爺サンパレスの宣伝が流れていて、すっかりその歌詞、「ここはお風呂の遊園地 なんてったって宇宙一 行ってみたいなサンパレス サンパーレスー」が「道民」すべての頭に刷り込まれている。


 でも、私は一度もこのホテルに行ったことがない。
 あと半年で私も63歳になるし、いつ不慮の事故に遭うやもしれない。気になるところがあれば、元気なうちに「かたづけてしまおう」と思い、Nに会いに函館に行く機会を利用して、その途中の宿としてサンパレスを予約した。ちょうど一人で宿泊できるプランがあり、安かったのである。税込7623円で、二食付き。二食といっても朝夕ともに「バイキング」である。
 10年前、Nが定年退職をして函館に引越しをすることになり、定年祝いを兼ねて定山渓のホテルに泊まったことがある。万世閣ホテルミリオーネ。
 10年前である、もうすっかり変わっているかもしれない。すっかり「改善されているかもしれない」。
 二人で宿泊したのだけれども、チェックインしてしばらくすると、部屋のドアをノッックする人がいる。ドアを開けると、中年の女性従業員がwriting board を手にして入ってきた。彼女が言うには、今夜の食事はバイキングだけれども、特別に料理を注文するのならそれを先に伺いたい、とのこと。カニとかステーキとか、何枚かの写真を見せてくれて、注文するなら今伺いたい、という。高い料理だった。私とNは、バイキングの料理をたくさん食べる気がマンマンだったので、それ以外の料理に金を払ってまで食べる気持ちはなかった。特別料理は注文しませんと話して、女性従業員にはお引き取り願った。
 さて、夕方のバイキングに言ってみて、驚いた。たくさんの料理が並んでいる。たくさんの種類、豊富な量。
 ところが、どれもこれも、美味しくないのである。
 いや、ひとつくらい、美味しい料理があるだろうと思ってあれこれ食べてみたのだけれども、そしてひとつでもあればそれをたくさん食べればいいと思ったのだけれども、ひとつとして美味しいものはない、不味いか、味がしないか、どのどちらかだった。
 恐らく数十種類の料理があっただろうに、そして主食となってもおかしくないものは20種類くらいはあったろうに(それだけ食べて我慢できるような主食)、どれもこれも本当に不味いか味がしないのである。
 これほど多くのダメな料理ばかりをバイキングに出せるということは、一種の「才能」なのかもしれないと感心した。道理で、バイキングが始まる前に「特別料理の注文を取りに来る」のも頷くことができた。
 繰り返すけれども、10年前の話である。
 今は改善されているのかもしれない。
 中山峠を通るときには、必ずこのホテルの前を通って、立派な建物を目にするけれども、いつも10年前のNの定年退職祝いの宿泊の悲惨さを思い出して苦笑している。
 万世閣には、洞爺湖と登別温泉にもある。どちらも何度か泊まったことがあるけれども、定山渓万世閣ホテルミリオーネとは違って、ある程度はまともな料理を出すバイキングである。この定山渓だけは、もう二度と決して行かないと、10年前に誓っている。

 バイキングの夕食というものは、選び歩き疲れるし、まるで「餓鬼」のように大量の食べ物をテーブルにならべて「がっついている」客たちの姿を見るのもゲンナリなので、できるだけ選択しないようにしていた。
 しかし、洞爺サンパレスの7000円台の宿泊プランでは、もうそんなことに文句も言っていられない。たとえホテルミリオーネなみの悲惨なものだったとしても、我慢するしかない、と腹を括っていた。


作成途中

2021年3月19日金曜日

Heaven and Hell : A history of the Afterlife


 この本を読んでいて、10年前に目にしたホーキングに関するガーディアンの記事を思い出した。以下に再録する。

http://www.guardian.co.uk/science/2011/may/15/stephen-hawking-interview-there-is-no-heaven 

Stephen Hawking:  'There is no heaven; it's a fairy story' 
In an exclusive interview with the Guardian, the cosmologist shares his thoughts on death, M-theory, human purpose and our chance existence 

Ian Sample, science correspondent guardian.co.uk, 
Sunday 15 May 2011 22.00 BST Article history 

Stephen Hawking dismisses belief in God in an exclusive interview with the Guardian. 

A belief that heaven or an afterlife awaits us is a "fairy story" for people afraid of death, Stephen Hawking has said. 

In a dismissal that underlines his firm rejection of religious comforts, Britain's most eminent scientist said there was nothing beyond the moment when the brain flickers for the final time. 

Hawking, who was diagnosed with motor neuron disease at the age of 21, shares his thoughts on death, human purpose and our chance existence in an exclusive interview with the Guardian today. 

The incurable illness was expected to kill Hawking within a few years of its symptoms arising, an outlook that turned the young scientist to Wagner, but ultimately led him to enjoy life more, he has said, despite the cloud hanging over his future. 

"I have lived with the prospect of an early death for the last 49 years. I'm not afraid of death, but I'm in no hurry to die. I have so much I want to do first," he said. 

"I regard the brain as a computer which will stop working when its components fail. There is no heaven or afterlife for broken down computers; that is a fairy story for people afraid of the dark," he added. 

Hawking's latest comments go beyond those laid out in his 2010 book, The Grand Design, in which he asserted that there is no need for a creator to explain the existence of the universe. The book provoked a backlash from some religious leaders, including the chief rabbi, Lord Sacks, who accused Hawking of committing an "elementary fallacy" of logic. 

The 69-year-old physicist fell seriously ill after a lecture tour in the US in 2009 and was taken to Addenbrookes hospital in an episode that sparked grave concerns for his health. He has since returned to his Cambridge department as director of research. 

The physicist's remarks draw a stark line between the use of God as a metaphor and the belief in an omniscient creator whose hands guide the workings of the cosmos. 

In his bestselling 1988 book, A Brief History of Time, Hawking drew on the device so beloved of Einstein, when he described what it would mean for scientists to develop a "theory of everything" ? a set of equations that described every particle and force in the entire universe. "It would be the ultimate triumph of human reason ? for then we should know the mind of God," he wrote. 

The book sold a reported 9 million copies and propelled the physicist to instant stardom. His fame has led to guest roles in The Simpsons, Star Trek: The Next Generation and Red Dwarf. One of his greatest achievements in physics is a theory that describes how black holes emit radiation. 

In the interview, Hawking rejected the notion of life beyond death and emphasised the need to fulfill our potential on Earth by making good use of our lives. In answer to a question on how we should live, he said, simply: "We should seek the greatest value of our action." 

In answering another, he wrote of the beauty of science, such as the exquisite double helix of DNA in biology, or the fundamental equations of physics. 

Hawking responded to questions posed by the Guardian and a reader in advance of a lecture tomorrow at the Google Zeitgeist meeting in London, in which he will address the question: "Why are we here?" 

In the talk, he will argue that tiny quantum fluctuations in the very early universe became the seeds from which galaxies, stars, and ultimately human life emerged. "Science predicts that many different kinds of universe will be spontaneously created out of nothing. It is a matter of chance which we are in," he said. 

Hawking suggests that with modern space-based instruments, such as the European Space Agency's Planck mission, it may be possible to spot ancient fingerprints in the light left over from the earliest moments of the universe and work out how our own place in space came to be. 

His talk will focus on M-theory, a broad mathematical framework that encompasses string theory, which is regarded by many physicists as the best hope yet of developing a theory of everything. 

M-theory demands a universe with 11 dimensions, including a dimension of time and the three familiar spatial dimensions. The rest are curled up too small for us to see. 

Evidence in support of M-theory might also come from the Large Hadron Collider (LHC) at Cern, the European particle physics laboratory near Geneva. 

One possibility predicted by M-theory is supersymmetry, an idea that says fundamental particles have heavy ? and as yet undiscovered ? twins, with curious names such as selectrons and squarks. 

Confirmation of supersymmetry would be a shot in the arm for M-theory and help physicists explain how each force at work in the universe arose from one super-force at the dawn of time. 

Another potential discovery at the LHC, that of the elusive Higgs boson, which is thought to give mass to elementary particles, might be less welcome to Hawking, who has a long-standing bet that the long-sought entity will never be found at the laboratory. 

Hawking will join other speakers at the London event, including the chancellor, George Osborne, and the Nobel prize-winning economist Joseph Stiglitz. 
Science, truth and beauty: Hawking's answers 
What is the value in knowing "Why are we here?" 

The universe is governed by science. But science tells us that we can't solve the equations, directly in the abstract. We need to use the effective theory of Darwinian natural selection of those societies most likely to survive. We assign them higher value. 

You've said there is no reason to invoke God to light the blue touchpaper. Is our existence all down to luck? 

Science predicts that many different kinds of universe will be spontaneously created out of nothing. It is a matter of chance which we are in. 

So here we are. What should we do? 

We should seek the greatest value of our action. 

You had a health scare and spent time in hospital in 2009. What, if anything, do you fear about death? 

I have lived with the prospect of an early death for the last 49 years. I'm not afraid of death, but I'm in no hurry to die. I have so much I want to do first. I regard the brain as a computer which will stop working when its components fail. There is no heaven or afterlife for broken down computers; that is a fairy story for people afraid of the dark. 

What are the things you find most beautiful in science? 

Science is beautiful when it makes simple explanations of phenomena or connections between different observations. Examples include the double helix in biology, and the fundamental equations of physics." 

(再録終わり)

 神は存在しない、死後の世界ももちろん存在しない、我々の存在は全くの偶然による。
 では我々は何をすればいいのか? と問われてホーキングはこう答える。

(Interviewer)  So here we are. What should we do? 
(Hawking)      We should seek the greatest value of our action. 

 10年前にこれを読んだときには、
seek the greatest value of our action
 とは、全く漠然としているな、と思った。
 しかし、あれから10年経った今は、これが正解のように思える。この漠然とした言葉は、要するに、「好きなように生きろ」ということなのだろう。何故なら、自分の人生で何がvaluableかは、自分が好きなように決めていいことなのだから。
 やがて死ぬ その時までの 阿波踊り

 『博士と彼女のセオリー』という映画は、映画館で一人で見た記憶がある。何か消化できない、すっきりしない映画だった、私には。ネットやウィキにも、現実にあったことを「美化して描いている」、あるいははっきり事実とは異なる「捏造である」という批判もある。現実には、ジェインとホーキングは美しく別れたのではなくて、激しい争いの末に別れた、らしい。
 昔読んだ本の中に、ジェインがこう話しているのを見つけたことがある。重症筋無力症で衰えてゆくホーキングの果てしない疲労の続く世話をしているのは、この人生の後に神によって報われると私(ジェイン)が信じているからだけれども、それを信じていない無神論者のホーキングの世話をすることに意味があるのだろうか、と。
 映画の中では、ジェインのキリスト教信仰とホーキングの無神論の対立など出ては来なかった。それはそうだろう、映画が成功して莫大な興行収入をあげるためには、一般大衆受けのしない無神論や無神論者の意見など出て来ないほうがいいに決まっているのだから。(映画の中ではジェインの「新しい恋」に重点を置いて、ホーキングとの離婚までを必然的な流れとして描いていて、ジェインの「確固たる信仰」については一切触れてはいない。)

I regard the brain as a computer which will stop working when its components fail. There is no heaven or afterlife for broken down computers; that is a fairy story for people afraid of the dark. 

 こんなことを映画の中でホーキングが話していたなら、信仰に拠って生きている人たち(西欧社会ではいまだに驚くほど多い)はこの映画を観には行かないだろう。


 さて、その天国や死後の世界について、それらがどのように「歴史的に生み出されていったものなのか」を詳述したものが、
Bart Ehrmanの最新作、
『Heaven and Hell : A history of the Afterlife 』(2020)
である。
 端的に言ってしまえば、天国や死後の世界について今日のキリスト教徒が思い描いているものは、キリスト(やパウロ)が決して述べたものではなく、後世の人々によって「適当に妄想されたもの」である、ということ。人は信じたいものを信じる、人は信じたいものを適当に創り上げる。
 アーマンの他の本でもこれまで何度も指摘されていることだけれども、キリスト教というものがどれほど強くギリシャ思想・哲学に影響されていることだろうか。
 新約聖書がギリシャ語で書かれていることは、単に当時の地中海地方の共通語がギリシャ語だったから、というよりは、キリスト教が(それは自由にギリシャ語を操るパウロによって方向づけられたといってもいいのだろうけれども)ギリシャ思想とユダヤ思想の「合成物」であるということを意味している。そこに、天国と地獄が生まれてくる下地があった。


P54~
The Invention of Hell and Heaven
 There are obviously numerous similarities between the voyage to the afterlife of Odysseus and Aeneas, but one cannot help but be struck especially by the impressive differences. Some six or seven centuries after the Homeric epics, Virgil dose not populate Hades with shades that all experience the same boring and pleasure-free existence. He writes of hellish torments for some  and heavenly glories for others. Most have to be punished for their sins before being given a second chance at life. Why such a change from Homer? What has led to this invention of heaven and hell?
 It is hard to say what among the enormous changes in the political, social, and cultural worlds between  seventh-century Greece and first-century Rome might have effected the shift in thinking. But it is relatively easy to see what happened in the realm of ethical thought. Equity had become an issue. Thinkers came to believe that no one can live a life of sin, hurting others, offending the gods, pursuing only self-aggrandizement, enjoying, as a result, wealth, influence, and pleasure, and then die and get away with it. No : 


 古代イスラエルの人々にとって、「死後の世界」など在りえなかった。よく言われるイスラエル人にとっての死後の世界(Sheol)とは、そもそもは「墓場」という単純な意味しかなかった。
P82~
 Even if death is inevitable for the ancient Israelites, what is it? For most of the Hebrew Bible, death is what happens when life leaves a person. And so we have the prayer of the psalmist, lamenting to God what is certain to come: "When you take away their breath, they die and return to the dust"(Psalm 104:29). Here the person does not "go someplace"--other than back to the dust they came from. Humans were originally made from dust(Genesis 2:7) and that is where they return.
 This is one key difference from the Greek thought represented best by Plato. Ancient Israelites did not subscribe to the view of the immortality of the soul. Souls are not inherently deathless, destined for an eternal existence. In ancient Hebrew thought, there was no "soul" in the Greek sense. This can be seen by the different terms used. The closest equivalent to the Greek /psychē/ is the Hebrew /nephesh/. The /nephesh/, though, is not a soul, set in contrast to the body. Hebrew anthropology was not dualistic (body and soul) but unitary. /Nephesh/ means something like "life force" or "life" or even "breath". It is not a substance that can leave a person and exist independently of the body. It is the thing that makes bodies live. When the body stops breathing, it becomes dead matter. In modern terms, when you stop breathing, your breath doesn't go somewhere. It just stops. So too with the Hebrew /nephesh/.  The person is then dead.
(Snip)
The Jewish scriptures contain a variety of views about what happens to a person at death. Most commonly, a person who dies is simply said to have gone t "death"--a term used some thousand times in the Bible. Better known but far less frequent, a person's ultimate destination is sometimes called "Sheol," a term whose meaning and etymology are debated. It occurs over sixty times in the Hebrew Bible, and there is unanimity among critical scholars that in no case does Sheol mean "hell" in the sense people mean today. There is no place of eternal punishment in any passage of the entire Old Testament. In fact--and this comes as a surprise to many people--nowhere in the entire Hebrew Bible is there any discussion at all of heaven and hell as places of rewards and punishments for those who have died.
 Probably most people who read the Bible think of Sheol as a Jewish kind of Hades, a shadowy place where everyone goes and all are treated the same,  a banal and uninteresting netherworld where nothing really happens and people are, in effect, bored for all eternity. But in fact, in most passages of the Bible where Sheol is mentioned, it may well simply be an alternative technical term for the place where an individual is buried--that is, their grave or a pit.

 Sheolと同様に、Gehennaという言葉も誤訳されて、その後の「地獄という概念の発展に寄与してしまった」。
P157~
 It is highly unfortunate that sometimes English translations of the New Testament render the Greek word "Gehenna" as "hell." That conjures up precisely the wrong image for Bible readers today, making them think Jesus is referring to the underworld of fiery torment where people go for eternal punishment for their sins. That is not what Gehenna referred to at all. On the contrary, it was a place well known among Jews in Jesus's day. It was a desecrated valley outside of  Jerusalem, a place literally forsaken by God.
 The valley is mentioned several times in the Old Testament, first in Joshua 15:8, where it is called "the valley of the  son of Hinnom," which in Hebrew is /gei ben Hinnom/. We don't know who Hinnom was, but his son apparently owned the valley at one point. A later reference calls it instead Hinnom's own valley--that is, in /gei-hinnom/. Later, that  term, /gehinnom/, came to be Gehenna. It is normally identified as the ravines southwest of Old Jerusalem.
 Scholars have long claimed that Gehenna was a garbage dump where fires were burned--which is why its "worm never dies" and its "fires never cease": there was always burning trash in there. As it turns out, there is no evidence for this claim; it can be traced to a commentary on the book of Psalms written by Rabbi David Kimhi in the early thirteenth century CE. Neither archaeology nor any ancient text supports the view. On the contrary, the place was notorious for ancient Jews not because it was a dump but because it had been a place where children had been sacrificed to a pagan god.
 We are told in 2 Kings 23:10 that the Canaanite deity Molech was worshiped in "Topheth, which is the valley of Ben-hinnom"(=valley of the son of Hinnom=Gehenna), where even some Israelites had made "a son or daughter pass through fire as an offering" to him. Human sacrifice occurred elsewhere in the ancient world, but it was obviously anathema to the writers of the Hebrew Bible, and Gehenna was the place best known for  the hideous practice. And so, according to the passage, when the good king Josiah instituted a religious reform, bringing the people of Judah back to the worship of Yahweh, the God of Israle, he "defiled" the place, making it impossible for child sacrifice to be practiced there.





 アーマンによると、ヨセフスは紀元1世紀前後のユダヤ宗教について以下のように解説しているという。
P144~
The group called the Essenes, known to us from other sources, are usually thought to have been responsible for producing the famous Dead Sea Scrolls. They were a very pious separatist sect who believed in maintaining their own purity, in isolation from other, sinful Jews if possible, sometimes in monastic-like communities, According to Josephus, the Essenes held a very Greek view of the afterlife: that the body was impermanent and destined to disintegrate, but the soul was immortal and imperishable. After the death of the body, the soul would be released, and those who were virtuous would enjoy a very pleasant happily ever after.
 The Pharisees are known to us from the New Testament and later rabbinic writings; they were focused on interpreting the Jewish law for their own times, providing detailed explanation of the ancient words of Moses for life in the present and working to preserve the holiness that the law demanded. According to Josephus, the Pharisees believed that after death good souls pass "into another body." This may sound to modern ears like reincarnation, but it is usually thought that Josephus means they held to the doctrine of resurrection: the soul would not remain naked but would be re-embodied. Wicked souls, on the other hand will "suffer eternal punishment."


2021年3月17日水曜日

日生劇場 村野藤吾

 





「3代目」開業50年で老朽化、「帝国ホテル東京」建て替えへ…周辺と一体的に再開発
3/16(火) 20:43 読売新聞
 帝国ホテルが、東京・内幸町の「帝国ホテル東京」の建て替えを検討していることが16日、明らかになった。本館は開業から50年を経過して老朽化が進んでおり、参入が相次ぐ欧米の高級ホテルに対抗する。
 関係者によると、本館と、隣接するタワー館を建て替える。完成時期や施設規模などの詳細を詰めており、早ければ月内にも発表する。完成は2030年以降になる見通しで、事業費は数千億円規模とみられる。
 帝国ホテルの筆頭株主・三井不動産は、ホテル周辺で大規模な再開発を計画しており、複数の大型オフィスビルや商業施設と一体的に整備される見込みだ。
 帝国ホテルは実業家・渋沢栄一が設立に携わり、初代本館は日本の迎賓館として1890年(明治23年)に開業。現在の本館は3代目となる。タワー館は1983年に完成し、ホテルと商業ビルが一体となった国内初の複合ビルとして知られる。


2021年3月16日火曜日

ホテルニューグランド





 新美の巨人たち 2020年1月4日放送

 以下は、ウィキより引用。
 こうしてニューグランドは、横浜市復興計画の一環として官民一体となって建設が進められ、当初は今日の第三セクターとして発足した。現在の本館は、1927年創業時に渡辺仁の設計で建築され、クラシックホテルの代表例として名高い。1930年代は、ルーフガーデンで大桟橋など横浜港を見ながら食事ができた。ロビーの大階段の先には川島織物製のタペストリーがかかり、高さ6メートルのマホガニーの柱は現在も残る。洋風の豪華な造りである一方で和風の意匠も取り入れられ、メインダイニングでは御簾の奥で雅楽が奏された[2]。
 初代会長には先の井坂孝が就任し、井坂は東洋汽船出身であったことから、ホテルの主要業務であるサービス・宿泊・飲食に関する知識に明るく、さらに当時東洋汽船サンフランシスコ支店長であった土井慶吉を自分の補佐として呼んだ。そして土井は、総支配人としてパリからアルフォンゾ・デュナンを招聘。新生ホテルの目玉として「最新式設備とフレンチ・スタイルの料理」をキャッチフレーズにレストランには特に力を注ぎ、総料理長には、先のアルフォンゾ・デュナンの紹介で、パリのホテルからスイス人コックのサリー・ワイルを据え、さらに元帝国ホテル第4代総料理長の内海藤太郎をその補佐につけた。
 ニューグランドの厨房からは、ドリア、ナポリタン、プリンアラモードなど後に広く知られる料理が生まれた[3]。また、ホテルオークラ初代総料理長となる小野正吉や、プリンスホテルグループ総料理長となる木沢武雄、霞ヶ関飯野ビル「キャッスル」の荒田勇作や銀座5丁目「コックドール」の林久次、ロイヤル中洲本店の前川卯一[4]など数々の名店の料理長を輩出し、日本の食文化に多大な影響を与えた。

サリー・ワイルについて、以下はウィキより引用。
 ワイルは1927年10月29日、ニューグランドの開業一ヵ月ほど前に横浜港より入国し、調理場の中だけでなくホテルの施設の面からも影響を及ぼしている。それ以前の日本のホテルのレストランはヨーロッパの貴族文化に倣ったテーブルマナーやドレスコードに厳しく大仰なもので、気軽に楽しむといったものではなかった。提供される料理もコースとして予め定められたものが提供されるばかりであったことから、ダイニングと別にコートを身に着けたまま、あるいはネクタイを着用することなく、お酒を楽しみながら食事をとれるようなグリルを設置し、一品料理から注文を受けた。 「どんなにいい料理を作っても、サービスの態度一つで美味しくも不味くもなる」と考え、時にはコックコートのまま自ら客席に赴き、接客し、注文や客の要望を受けるなど、ゲストが楽しめる空間を演出した。今日ではよく見られる、ローストビーフをシェフが客席を回って手切りしてサーブするスタイルは、ワイルが初めて行った。 当時のグリルのメニューには「料理長はメニュー以外のどんな料理の注文にも応じます」と書かれていたとされ、ある来客が「体調が優れないからのど越しの良いもの」をリクエストしたところ、ワイルが即興で創作したものがベースとなってドリアが誕生した[9]。ワイルが作った当時のドリアは今日でもニューグランドの名物料理となっている。
 さらにワイルは、自分の技術を秘匿し、一つのセクションだけでチーフとなっていく日本の厨房のしきたりを廃し、全ての調理技術を公開し、一人のコックが全てのセクションを覚えるローテーション制を導入したために、多くの優れたコックが育った。 また、当時の日本で西洋料理を理解するには料理の原書を読む必要があり、それには語学が大切だと言い、コック達に語学学校に通うことを奨励したので、ニューグランドでは見習いコックであっても語学学校に通う日は厨房の仕込みや掃除も免除された。 これは、丁稚奉公的なしきたりの強い当時のレストランの厨房では考えられないほど革新的なことだった。 (ワイル自身は、ドイツ語、フランス語を得意とし、英語と日本語も多少話すことができた)

 要潤は案内人として素晴らしいのだけれども、この市川実日子という女性のナレーションは(NHKのドキュメント72時間でもそうだけど)息苦しく聞き苦しく聞いていていつも不快になる。

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 ということで、去年の一月にこのテレビ番組を見て、そのうちに一度行ってみたいと思っていたホテルニューグランドに、今年の一月になって行ってきた。ちょうど横浜の親戚に大事な要件があり、武漢ウイルス禍の中でも出掛ける必要ができたのである。
 二泊三日で、二泊ともホテルニューグランドに泊まり、夕食は港未来や中華街で食べた。このホテルは横浜中華街の隣にあると言っても過言ではないくらいの近さにある。
 先日函館のホテルパコに宿泊したのだけれども、ビジネスホテルにしては十分に洗練されたホテルだった。ロビーの造りも凝っていたのだけれども、ロビーに飾られている花・植物は、どれも造花だった、プラスチックや塩化ビニールでできたものだった。
 ニューグランドのフロントロビーの中央には、大きな、というより巨大な生花が飾られていた。人の殆どいない朝早くにそこに行ってみると、痩せた神経質そうな(芸術家的な)30歳前後の男性が、弱った花を抜いて、あれこれ全体像を確かめて、新しい花を挿していた。「花球体」(と私が勝手に名付けたのだが)を維持している花屋さんなのだろう、假屋崎省吾の花なんかよりもよっぽど見るに耐える生花である。(假屋崎の生花を大谷石の採掘場で見たことがあるけれども、どれも虚仮威しの騒がしい生花だった)
 「たん熊」の朝食はごく平凡でつまらないものだったけれども、その翌日に食べた「ル・ノルマンディ」で食べた朝食は美味しかった。

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