本棚を整理していたら、2009年(というから911テロの前)に出版された、
Beat the Reaper by Josh Bazell
という本が出てきたので、なんとなくそれを読んでいた。本の半分ほどからは図書館で訳書が手に入ったのでそちらを読む。(2009年刊新潮文庫『死神を葬れ』)
訳文と原文の雰囲気の違いに違和感を覚えるのは当然として、ところどころ「テキトーな訳」があったので、それを記録しておく。
かといって、翻訳者の池田真紀子が「2023年度ダメ翻訳賞」を受賞するほどヒドイ訳者というわけではなく、一つの言語から別の言語に小説を移し替えるということはある意味不可能なことなのだと思わされただけのことである。
たとえば、こんな文章。
(P-89) Speaking medically, the strange thing about my decision to let a fictional, supernatural agency choose the course of my life - as is the universe had some sort of consciousness, or agency - is that it doesn't qualify me as having been insane. The Diagnostic and Statistical Manual, which seeks to sort out the vagaries of psychiatric malfunction to the point where you can bill for them, is clear on this.
(P-145) 医学的見地から言えば、架空の超自然的な力に人生の進路決定を一任するーまるで宇宙には意識とか能動的な力といったものが備わっているかのようにーという僕の決断の奇妙なところは、それだけでは精神を病んでいるとは見なされないということだ。精神疾患の気まぐれな症状を体系的に分類し、診断基準を確立することを目的とした『精神疾患の分類と診断の手引(DSM)』は、その点について迷いがない。
to the point where you can bill for them は全く訳すことなく、「診断基準を確立することを目的とした」などというどこにもない文章を捏造して訳文を作っていることに驚く。
バゼルは @作成途中
(P-96) Compared to these, the casually evil museum plaques - on which "Polish" has been scratched off "Polish Jews," and the National Socialists are said to have been "reacting to an overrepresentation of Jews in business and the government" - barely get to you.
(P-157) その光景の衝撃は、そのかたわらからさりげなく悪意を突きつけてくる銘板ー”ユダヤ系ポーランド人”の”ポーランド人”の部分がこすり消され、代わりに”ナチスは、実業界や政界にユダヤ人が不釣り合いに多すぎる状況を是正しようとした”だけだと言われているという落書きがされているーに憤るゆとりさえ奪う。
(P-137) Duke Mosby, when we find him, is on a flagstoned pavilion overlooking the Hudson from the heights of Riverside Park. It's a hell of a view, but the river's charging heavily for it, spitting back a wet and flurrying wind. The kind you can feel through the vents in your plastic clogs.
(P-220) デューク・モスビーは、リヴァーサイドパークの丘の上の、ハドソン川を見晴らす石敷の展望台にいた。景色は息を呑むほど美しいが、見物料はぼったくりだ。川から雪交じりの突風が吹きつけてきている。プラスチックの〈クロックス〉の通気孔越しにもわかるくらいの冷たい風だ。
(P-143) So maybe it's understandable that Skinflick felt unable to step in front of a parade that went thousands of years back. It still made me kind of sick, though, and the humidity didn't help. At one point I took the long way back from the bar to have some time away from him.
(P-228) だから、スキンフリックが数千年の昔から続くパレードの先頭に立ちふさがるなんてとてもできないと考えたとしても無理はない。それでも、やっぱり何とも言えず焦れったかったし、空気が蒸し蒸ししているのも不快だった。そこでスキンフリックからしばし解放されようと席を立ち、はるかかなたのドリンクバーまで飲み物をもらいにいった。
(P-261) Judge me if you want. Judge her and I'll break your fucking head. You'll learn about the primordial when it enters your living room. The sharpness and the richness of Magdalena's pussy, the nerves down my spine that were receptive to no other stimuli, made the ocean seem weak. They meant life.
(P-414) 僕を不謹慎と罵りたければどうぞ。だが、マグダレナを悪く言ったら、その頭をかち割ってやる。きみの家のリビングルームに本能がやってきたら、きみだって本能についていやでも学ぶことになるだろう。マグダレナのプッシーの鋭敏さと豊かさ、僕の背筋を通る、ほかの刺激にはいっさい反応しない神経の前では、大海原の力さえちっぽけなものに思える。プッシーと神経ーーその二つは生命を意味していた。
”Beat the Reaper is way cool and ice-cold. A ferocious read." Don Winslow, author of The Dawn Patrol
池田真紀子 1966年東京生まれ 上智大学卒業 ディーヴァー、キングなど多数の翻訳書を出している。